コラム

人々はレガシーシステムからの「分散ドロップアウト」を望んでいる

2021年08月24日(火)18時20分

メタバースは<現実>の救世主なのか?

meta(超越)とuniverse(宇宙)の合成語であるメタバースの概念は新しいものではない。この言葉は、ニール・スティーブンソンが1992年に発表したSF小説『スノウ・クラッシュ』の中で登場し、VR世界と物理的な世界が密接に結びついた近未来を舞台にしていた。何十億人ものユーザーが、アバターのアイデンティティ、ヴァーチュアルな所有物、デジタル通貨を常に保持したまま、無数の相互運用可能な世界や状況を移動し、交流し、活動するVR空間である。

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ニール・スティーブンソンが1992年に発表したSF小説『スノウ・クラッシュ』の表紙。この本がメタバースの起源となった。

シリコンバレーの主要なプレイヤーたちは、メタバースが次の大きなトレンドになることを確信しているようだ。これまでニッチだったこのコンセプトは、最近のマイクロソフトやフェイスブックの決算発表でも言及されている。

2021年7月、ザッカーバーグは技術系ニュースサイトThe Vergeのインタビューで、メタバースを「モバイルインターネットの後継者」と表現し、「コンテンツを見るだけでなく、その中に身を置くことができる具現化されたインターネット」だと語り、フェイスブックは将来メタバース企業としてクリエイター経済に貢献し、「インターネットの次の章を構築するための役割を果たす」と述べた。

メタバースの源流であるVRの概念は、1980年代後半にコンピュータ科学者で、現在、技術批評家として著名なジャロン・ラニアーによって広められた。彼の会社であるVPL(Virtual Programming Languagesの略)リサーチは、玩具メーカーのマテル社に、「データグローブ」デバイスのライセンスを販売するなどの成功を収めた。

しかし、それから30年以上が経った今でも、仮想現実や拡張現実の類は、必ずしも普及しているとはいえない。VRとそれに続く拡張現実(AR)は、継続的な問題に直面している。つまり、ほとんどの人々は<現実>が好きだということである。同時に、現実はそう簡単に逃避や忘却を容認しない。

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2012年6月開催のGoogle I/Oで展示されたGoogle Glassの試作機。©Antonio Zugaldia

かつて視覚上の認知革命と期待されたGoogle Glassも、すぐさま市場から消えた。メールの通知で一日中、視界が遮られることを誰も望んでいなかった。ウェアラブル技術と拡張現実の融合は、すぐに別れを迎えた。ウェアラブル技術は、歩数を数えたり、心臓の負担を警告したりするアップル・ウォッチになり、拡張現実は、ピクサー映画のキャラクターのようなSnapchatのフィルターになった。

2020年にメタバースが突如世界で注目されたのは偶然ではない。パンデミックが世界中で猛威を振るい、ほとんどの人が屋内に閉じ込められ、必要不可欠な人間関係以外はすべて抑制されていたからだ。

勢いを増す分散ドロップアウト

近年のトレンドであるブロックチェーンや暗号通貨、リモートワーク、グリーン革命、クリエイター・エコノミー、マイクロスクール、メタバースの共通点は何か?人々は従来のレガシーシステムからの「分散ドロップアウト」を望んでいる。

貨幣制度、大手銀行、マスメディア、産業教育、9時から5時までのラットレースなど、トレンドの分岐点は、人々が力を取り戻そうと努力する分散化の動きを示している。

しかし、これはかつてヒッピーが都市からドロップアウトして山の中で暮らすような話ではない。これは、中央集権的な社会システムへの人々の不信感の高まりと、自分の意思で充実した人生を送りたいという願望である。

新しい点は、既存の中央集権からのドロップアウトが、ブロックチェーンベースのトラスト・システム、ソーシャルネットワーキング・プラットフォーム、コワーキングスペース、オンラインコミュニティなどのツールやつながりの増加を伴っていることだ。   

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

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