コラム

歴史的転換点かもしれないイラン大統領選挙

2017年05月25日(木)19時00分

TIMA-REUTERS

<19日に実施されたイラン大統領選では、改革派を取り込んだロウハニ大統領が再選を果たした。1979年のイラン・イスラム革命以来続いている、イスラム主義に基づく国家運営という原則が少しずつ変わってくる可能性も出てくると思われる>

昨年から今年にかけてイギリスのEU離脱を巡る国民選挙、アメリカ大統領選挙、フランス大統領選挙など主要各国での選挙が相次ぎ、6月にはイギリス総選挙、秋にはドイツ総選挙、年末にはイタリア総選挙の可能性もあるという、まさに選挙に次ぐ選挙であるが、その中でちょっとユニークな、先進国における選挙とは様相を異にする選挙がイランで行われた。

非民主主義国家の選挙

イランでは他の民主主義国と全く同じように選挙が行われ、候補者は3回のテレビ討論会で論戦をかわし、投票所には長蛇の列が出来、投票率は73%を超え、結果は即日開票され、選挙に勝った方の支持者は街に繰り出してどんちゃん騒ぎをする。ここだけ見れば、イランは先進国の民主主義的な選挙とほとんど変わりなく見える。しかし、これだけちゃんとした選挙をしているイランは民主主義国家とは言えない。

というのも、イランの選挙(大統領選だけでなく国会議員選挙も)は、候補者は自由に立候補することが出来ても、その立候補の資格があるかどうかは護憲評議会(監督者評議会とも訳される)で審査され、ほとんどの候補者と名乗りを上げた人は選挙に出ることが出来ない。

今回の大統領選挙では1635人が立候補を名乗り出たが、最終的に候補として資格が認められたのは6人しかいない。資格を認められなかった人の中にはアフマディネジャド前大統領や、その副大統領であったバカーイといった人も含まれていた。この護憲評議会の審査の基準は明白にされておらず、最高指導者であるハメネイ師の指導や、護憲評議会の委員の心証といった曖昧な基準で決められている可能性も高い。つまり、立候補資格の有無を巡るプロセスに政治的恣意性がかなり入り込む余地がある。

この護憲評議会はイスラム法学者6名と一般法学者6名の12名で構成されるが、イスラム法学者は最高指導者によって指名され、選挙によって選ばれるわけではない。また、一般法学者は司法権を持つ長が指名し、国会(マジュレス)によって任命される。こちらも国会によって選出されるという点では民主的コントロールが効いているようにも見えるが、司法権長は最高指導者によって指名されており、その時点で民主主義的なコントロールの下にはない。

つまり、イランの選挙プロセスにおいて、民主主義的なコントロールが効いていない護憲評議会という組織が大きな役割を占めており、それが選挙の民主主義的正統性を大いに歪めている。

また、イランは民主主義を支える制度である表現の自由や結社の自由といった、基本的人権の自由権に該当する権利が著しく制限されており、出版や放送に対する検閲やSNSの制限などもかかっている。法の支配という観点からも、イランの警察や革命防衛隊傘下の民兵組織であるバシージが恣意的に国民の権利を制限する機能を持っており、その点でも民主主義的な制度が確立した国家とは言えない。

それでも実質的な意味のある選挙

しかしながら、イランの選挙は盛り上がる。それは国民が非民主主義的な仕組みであったとしても、その選挙で一票を投じることで自らの政治的主張を表現し、限られた選択肢の中であっても、特定の候補に投票することで国のあり方に影響を与えることが出来ると信じているからである。

近年の選挙研究ではしばしば「信憑性(Credibility)」や「有権者の信任(Popular confidence)」といった概念を用いて選挙を評価するということがなされているが(選挙研究は専門ではないので管見の限りでそうした概念が目についているだけかもしれないが)、手続き的な公平性(不正選挙がない状態)や選挙結果の透明性に対する信頼感、さらには選挙によって政治的意思がきちんと反映され、政権を平和的に交代させることが可能だという信念が、こうした選挙の盛り上がりの根底にあると言って良いだろう。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日産、タイ従業員1000人を削減・配置転換 生産集

ビジネス

ビットコインが10万ドルに迫る、トランプ次期米政権

ビジネス

シタデル創業者グリフィン氏、少数株売却に前向き I

ワールド

米SEC委員長が来年1月に退任へ 功績評価の一方で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story