コラム

歴史的転換点かもしれないイラン大統領選挙

2017年05月25日(木)19時00分

改革派を取り込んだロウハニ大統領

ずいぶん前置きが長くなったが、今回の選挙でロウハニ大統領が57.1%(2355万票)を得て再選を果たし、投票率は73%を超えた。前回選挙では50.1%(1861万票)でかろうじて過半数を超え、一回目投票で当選した(過半数を超える候補がいなければ上位二名で決選投票)時よりもさらに多くの票を集めて再選したロウハニ大統領。その再選はこれからのイランの国家体制をも変えていく可能性を示した。その理由について、何点かに分けて説明しておこう。

まず、ロウハニ大統領が選挙期間中に改革派への旋回をしたことが挙げられる。これまでロウハニ大統領は穏健な保守として最高指導者ハメネイ師との関係も安定しており、政権運営もあくまでも核交渉に限定したアメリカとの接触と、それに基づく経済改革を進めるということで、保守派との間でも直接軋轢を生むことは避けてきた。実際、ロウハニ大統領は何度か革命防衛隊の利権にメスを入れるような政策を展開したが、その一方で革命防衛隊が行っているイエメンへの支援やシリアでのアサド政権との共同軍事作戦については一切介入せず、イラクにおけるISISとの戦いに関しても革命防衛隊の自律的な行動を容認し、場合によっては保護してきた。その意味では保守派と改革派のバランスを取りながら、経済改革に焦点を絞った政権運営を行ってきたと言えるだろう。

しかし、今回の大統領選では、かつて大統領を務め、最高指導者ハメネイ師との関係が悪化したこと、そして2009年の大統領選挙の不正捜査疑惑を巡る改革派運動の「緑の運動」を支援したことで公の場に姿を現すことを認められていないハタミ師の支援を受けた。

また、保守派候補のライーシに追い上げられ、過半数を取ることが危ういと感じたロウハニは、ハタミ師を公の場で称賛し、またインスタグラムなどのSNSを通じて大きな勢いを得ていた改革派にすり寄ることを決断した。保守派の革命防衛隊をあからさまに批判し、2009年の「緑の運動」を潰したような選挙介入を行うべきではないと明言した。これは最高指導者に直属する民兵組織を批判したことになり、間接的に最高指導者の権威に挑戦したことになるため、あからさまに批判することはある種のタブーであったが、それを破ったことになる。

確かにロウハニは大統領として革命防衛隊傘下企業が独占していた経済利益にメスを入れたり、革命防衛隊がジャーナリストを逮捕したときなどはそれを批判したりはしていた。また、革命防衛隊は最高指導者の指揮の下にあるが、予算は政府が出しているため、革命防衛隊の予算を削減すると言った形でその影響力を制限しようとはしてきた。しかし、選挙への介入を批判すると言った、その行動に挑戦することは控えていただけに、選挙キャンペーンの中でロウハニがタブーを破ったことは大きな衝撃をもって受け止められ、それが改革派からの支持を得て選挙戦の勝利につながったと言える。

最高指導者との関係

こうした改革派へのシフト、タブーを破った選挙戦は、当選後のロウハニとハメネイ師との関係に緊張をもたらしている。通常は選挙後に最高指導者が当選者を祝福するのだが、選挙が終わって一週間経とうとしているが未だに最高指導者はロウハニを祝福するメッセージを送っていない(投票率が73%となったことで有権者を祝福はしている)。この緊張関係は、今後のロウハニ大統領の政権運営だけでなく、イランの国家体制における最高指導者の権威と、国家体制そのものに関わる問題になる可能性がある。

というのも、ハメネイ師は77歳と高齢であり、前立腺の手術をするなど、健康状態が万全という訳ではない。最高指導者は終身職であるため、ハメネイ師が亡くなるまで最高指導者の交代はないと思われるが、その時期が近いとも考えられている。実際、大統領選挙の投票は最高指導者が一票を投じてから始まるので、その姿はテレビで全国放送されるのだが、ハメネイ師の手は震え、投票箱に投票用紙を入れるのも難儀するような状況であった

こうなると、国民の投票によって強い支持を得たロウハニ大統領と、健康不安のあるハメネイ師との力関係は、これまで最高指導者との関係が悪化した歴代大統領の力関係と変わってくる可能性がある。つまり、最高指導者よりも国民からの信を付託された大統領の権威が高まる事となり、イスラム主義に基づく国家体制が、より共和制に基づく体制にシフトしていくという可能性である。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾総統、太平洋3カ国訪問へ 米立ち寄り先の詳細は

ワールド

IAEA理事会、イランに協力改善求める決議採択

ワールド

中国、二国間貿易推進へ米国と対話する用意ある=商務

ビジネス

ノルウェー・エクイノール、再生エネ部門で20%人員
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 6
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 9
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story