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歴史的転換点かもしれないイラン大統領選挙
TIMA-REUTERS
<19日に実施されたイラン大統領選では、改革派を取り込んだロウハニ大統領が再選を果たした。1979年のイラン・イスラム革命以来続いている、イスラム主義に基づく国家運営という原則が少しずつ変わってくる可能性も出てくると思われる>
昨年から今年にかけてイギリスのEU離脱を巡る国民選挙、アメリカ大統領選挙、フランス大統領選挙など主要各国での選挙が相次ぎ、6月にはイギリス総選挙、秋にはドイツ総選挙、年末にはイタリア総選挙の可能性もあるという、まさに選挙に次ぐ選挙であるが、その中でちょっとユニークな、先進国における選挙とは様相を異にする選挙がイランで行われた。
非民主主義国家の選挙
イランでは他の民主主義国と全く同じように選挙が行われ、候補者は3回のテレビ討論会で論戦をかわし、投票所には長蛇の列が出来、投票率は73%を超え、結果は即日開票され、選挙に勝った方の支持者は街に繰り出してどんちゃん騒ぎをする。ここだけ見れば、イランは先進国の民主主義的な選挙とほとんど変わりなく見える。しかし、これだけちゃんとした選挙をしているイランは民主主義国家とは言えない。
というのも、イランの選挙(大統領選だけでなく国会議員選挙も)は、候補者は自由に立候補することが出来ても、その立候補の資格があるかどうかは護憲評議会(監督者評議会とも訳される)で審査され、ほとんどの候補者と名乗りを上げた人は選挙に出ることが出来ない。
今回の大統領選挙では1635人が立候補を名乗り出たが、最終的に候補として資格が認められたのは6人しかいない。資格を認められなかった人の中にはアフマディネジャド前大統領や、その副大統領であったバカーイといった人も含まれていた。この護憲評議会の審査の基準は明白にされておらず、最高指導者であるハメネイ師の指導や、護憲評議会の委員の心証といった曖昧な基準で決められている可能性も高い。つまり、立候補資格の有無を巡るプロセスに政治的恣意性がかなり入り込む余地がある。
この護憲評議会はイスラム法学者6名と一般法学者6名の12名で構成されるが、イスラム法学者は最高指導者によって指名され、選挙によって選ばれるわけではない。また、一般法学者は司法権を持つ長が指名し、国会(マジュレス)によって任命される。こちらも国会によって選出されるという点では民主的コントロールが効いているようにも見えるが、司法権長は最高指導者によって指名されており、その時点で民主主義的なコントロールの下にはない。
つまり、イランの選挙プロセスにおいて、民主主義的なコントロールが効いていない護憲評議会という組織が大きな役割を占めており、それが選挙の民主主義的正統性を大いに歪めている。
また、イランは民主主義を支える制度である表現の自由や結社の自由といった、基本的人権の自由権に該当する権利が著しく制限されており、出版や放送に対する検閲やSNSの制限などもかかっている。法の支配という観点からも、イランの警察や革命防衛隊傘下の民兵組織であるバシージが恣意的に国民の権利を制限する機能を持っており、その点でも民主主義的な制度が確立した国家とは言えない。
それでも実質的な意味のある選挙
しかしながら、イランの選挙は盛り上がる。それは国民が非民主主義的な仕組みであったとしても、その選挙で一票を投じることで自らの政治的主張を表現し、限られた選択肢の中であっても、特定の候補に投票することで国のあり方に影響を与えることが出来ると信じているからである。
近年の選挙研究ではしばしば「信憑性(Credibility)」や「有権者の信任(Popular confidence)」といった概念を用いて選挙を評価するということがなされているが(選挙研究は専門ではないので管見の限りでそうした概念が目についているだけかもしれないが)、手続き的な公平性(不正選挙がない状態)や選挙結果の透明性に対する信頼感、さらには選挙によって政治的意思がきちんと反映され、政権を平和的に交代させることが可能だという信念が、こうした選挙の盛り上がりの根底にあると言って良いだろう。
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