コラム

フェイクニュースは戦争を起こす?!

2017年01月30日(月)18時00分

 しかも、そうした憎悪や反感を共有する人たちは、フェイスブックやツイッターといったSNSを通じて情報共有のネットワークを作っており、彼らのニーズに合う(つまり憎悪や反感の対象となる存在を貶めるような)記事がそのネットワークに拡散される。そうすることで、しかもSNSでつながっているネットワークは多層的で開放的であるため、一つのグループで拡散したフェイクニュースが他のネットワークにも拡散し、連鎖反応を起こして広大な読者層に読まれるようになる。

 また、発信者の側から見ると、伝統的なメディアとは決定的に異なる点がある。伝統的なメディアは通常、定期購読や駅売り、広告などで収入を獲得するか、テレビ番組の場合だとスポンサーがついて制作費をまかなう。なので、もしフェイクニュースのような事実に基づかない記事が伝統的なメディアから出されれば、それは即座にメディアの信頼性に関わる問題となり、一大スキャンダルとなる。それは定期購読の解約や広告収入の減少などにつながる。しかし、フェイクニュースの媒体は、記事の内容がどうであれ、PVさえ稼げれば連動して広告収入が増加するので、コストをかけて正確な記事を丁寧に作るインセンティブは全くなく、むしろでっち上げの記事を思いつくまま書いて、それがヒットすれば収入が上がる、という仕組みになる。

 言い換えれば、伝統的メディアが減点主義であるのに対して、フェイクニュースは加点主義である。そうなると、フェイクニュースは拡散することだけを考えて、正確性や信頼性などは完全に無視して情報発信を続けるが、読者の側から見ると、伝統的なメディアとフェイクニュースが並んでいても、その違いには気づかずに同じものとして見てしまうことになる。

フェイクニュースは日本で席巻するか

 フェイクニュースが話題になったのは大統領選期間中のアメリカであり、その後ドイツなどを標的にしたフェイクニュースなどもかなり数が増えてきたと言われているが、やはり選挙があることで政治に対する関心が高まり、普段からニュースや新聞を見ない人でもウェブ上の情報を集めようとする機会が増えるため、フェイクニュースの発信者もそうした機会を狙っているものと思われる。

【参考記事】偽ニュース問題、米大統領選は始まりに過ぎない?

 では、日本ではフェイクニュースは流行るのだろうか。先日Buzzfeed日本版が掲載した記事は、韓国デマサイトを運営している人物へのインタビューを通して、日本におけるフェイクニュースの実態を明らかにしている。日本でも韓国に対して反感を持つ人たちは一定数存在し、そうした人たちに向けた「ヘイト記事」をねつ造してPVを稼ぐ手法が赤裸々に語られている。しかし、この記事では最後に「フェイクニュースは日本の規模だと無理でしたね」と語っているように、日本語で拡散するには市場が小さく、またPVごとの広告領収入も限りがあるため、あまり儲からないというのが実情だろう。

 また、昨年末に大きな話題となった、まとめ記事(キュレーションサイト)を大手のサイト運営会社が意図的に操作し、PVを稼ぐという手法が批判され、これらのサイト運営会社は次々とまとめ記事サイトを閉鎖したが、これも一種のフェイクニュースとしての要素がある事件であった。しかし、日本ではこうしたフェイクな情報を提供すれば、社会的なバッシングに遭うというリスクもあり、継続的に運営することは困難で、それによる収益を上げるということも難しいものと思われる。

 逆に言語の壁があることで、英語による記事が日本の中で流通しにくいというのも、もう一つの現象であろう。しばしば英語圏でない国でも自国のニュースが政府によってコントロールされていたり、ジャーナリズムの規範が確立していないところでは、英語記事が浸透する可能性があるが、日本の場合は数百万部にもなる発行部数を誇る新聞が複数あり、一定のジャーナリズムの規範も浸透し、国民のリテラシーもそれなりに高いことで、英語媒体に依存しなくて良い環境がある。こうした言語の壁があることで、グローバルなフェイクニュースの波から守られているともいえる。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

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