アサドが消えても混乱続く...シリア国民が考える、復興に必要なもの
THE AFTERMATH OF A TRAGEDY
「HTSがこの街に来た当初はもちろん怖かった。でも、今は問題ないと感じている。シリアでは14年近く戦争をしていた。いいかげん、普通に生きたい」
「シリアは花のブーケみたいな国だ。異なる色、形の花が一緒にあるからこそ美しい。異なる宗教の人たちが一緒にいてこそよい」
教会に来た人々はHTSがもたらしたこの変化を歓迎し、少数派を含めた多様な宗教の共存を求めていた。アサド政権は一応のところ世俗主義や異なる宗教の共存を掲げていたが、表向きだけのものだった。そして、実際には、スンニ派を「テロリスト」として扱い、キリスト教やドゥルーズ派、アラウィ派などの少数派を優遇していたと言われている。
しかしたとえ少数派が優遇を受けていた側面があったとしても、「スンニ派よりはましだった」という話で、大きな恩恵を受けていたわけではない。アサド政権下の困難な暮らしは、宗教宗派関係なく多くの人たちが味わっていたのだ。人々は建前ではない、本当の共存と公正な暮らしを求めている。
では、アサド政権を今も支持する人はいないのだろうか。
アサド一家の出身地である沿岸部ラタキア市郊外のカルダハを訪ねた。小さな山間の町で、住民のほとんどが宗教的少数派であるアラウィ派に属する。アサド一家と同じ宗派であり、前政権の最も強い支持基盤の1つであるとされていた。