最新記事
バックラッシュ

ザッカーバーグ「メタを再び男らしく」は無知か戦略か...テック業界の「マッチョ化」でイノベーションはどうなる?

The Fragile Billionaire

2025年2月14日(金)15時58分
アダム・スタナランド(米リッチモンド大学心理学部助教)
格闘技を観戦するマーク・ザッカーバーグ

格闘技を観戦するザッカーバーグ SEAN M. HAFFEY/GETTY IMAGES

<職場が「去勢」されていると嘆くザッカーバーグCEO。「ジェンダー平等」からの急旋回を社会心理学者の目で見ると──>

アメリカの企業文化は「女性的」になりすぎて「男性的エネルギー」を抑圧し、攻撃性など貴重な特質を放棄している。職場は「去勢」されている──。1月10日、メタのマーク・ザッカーバーグCEOは保守系ポッドキャスト番組でそう嘆いた。

彼はプライベートでも男らしさを重視。総合格闘技(MMA)を愛好し、燻製肉作り好きを公表している。ハワイに建設中の巨大複合施設で弓矢を使った豚狩りまで始めるなど、若い頃のオタク的なイメージとは大違いだ。


だが本当に彼の言うとおり、アメリカのオフィスは力強く攻撃的で肉食系の精神を取り入れるべきなのだろうか。

男らしさと攻撃性を研究する社会心理学者の観点から、ザッカーバーグの主張を科学的に評価し、アメリカの組織文化の今後にどう影響するのかを検討してみよう。

2018年、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学のジェニファー・バーダール(Jennifer L. Berdahl)教授(社会学)らは、熾烈な競争、有害なリーダーシップ、いじめやハラスメントがはびこる職場を「男性性を競う文化」と名付け、その仕組みと、組織や個々の従業員に与える影響を明らかにした

男らしさ偏重は逆効果

バーダールらはアメリカとカナダのさまざまな組織の従業員を対象にアンケートを実施。自分の職場で「怒りやプライド以外の感情を表すことは弱さの表れと見なされる」といった設問に「はい」「いいえ」で回答させた。

その結果、男性性を競う文化の4つの特徴──「弱みを見せてはならない」「強さと強靭さ」「仕事最優先」「弱肉強食」が浮かび上がった。

これを見る限り、職場で厳格な男らしさを奨励することは、既に苦戦中のメタにとって最善の解決策ではなさそうだ。

ではなぜザッカーバーグは、職場が去勢されており、男性的エネルギーを補給する必要があると主張したのだろう。アメリカの職場は本当に「女子力重視」になっているのか。

メタは必ずしもジェンダー平等のかがみではない。22年時点で全従業員の3分の2近く、テック部門の4分の3が男性だった。

ワシントン大学のサプナ・チェリアン(Sapna Cheryan)教授(心理学)とスタンフォード大学のヘイゼル・マーカス(Hazel Rose Markus)教授(心理学)によれば、アメリカの職場はいまだに「男性的設定」(男性的とされる特徴や振る舞いが報われる文化)を反映しているという。

これは「攻撃的」「自由奔放」といった企業イメージから、ゴルフのような昔から男性的とされる趣味に合わせたイベントまで多岐にわたる。

インドアゴルフをする男性たち

ゴルフは「男性的」とされるイベント DANIEL BOCZARSKI/GETTY IMAGES FOR PXG

男性的設定は女性の活躍を妨げるだけでなく、男性を含む誰にとっても有害になり得る。例えば筆者の研究によれば、男性が期待に応えようと男らしく振る舞う場合、そうした男らしさはもろく、攻撃性や不安につながりやすい。

職場にはびこる男らしさの規範は男性に有利だが、彼らが時代遅れの成功モデルに合わせようとするかどうかは疑問だ。実際、成功している組織は典型的な男らしさと女らしさのバランスが取れた状態を奨励しているとの研究結果もある。

つまり協力や自律など必ずしも1つのジェンダーに収まらない特質を、あらゆるジェンダーの人々が安心して発揮できる状態がベストなのだ。

多くの職場がいまだに弱肉強食の文化を持ち、男らしさを称賛している──その結果、明らかに乏しい成果しか出ていない──としたら、なぜビリオネア経営者たちはそんな文化を擁護するのだろうか。

強がりは弱気の裏返し

最も寛容に解釈すれば、無知のせいだ。ザッカーバーグが、アメリカのほとんどの職場がいまだに伝統的な男らしさと関連付けられる競争的な環境や特質を維持していることに気付いていないだけという可能性はある。

だが、ほかにも考えられる理由が2つある。1つは経済的動機。ザッカーバーグは自社をハイリスク競争と攻撃性の戦場として売り込むことが、既に男性中心であるテック分野に人材を呼び込み、イノベーションを加速させる最善の方法だと考えているのかもしれない。

多くの場合、競争はイノベーションを推進すると考えられている。「メタはもっと男性的になるべきだ」は「メタは社内競争を強化するべきだ。そうすればイノベーションを加速させ利益を生み出せる」という意味に解釈できる。

だが、これも誤解だ。最近の研究によれば、社内競争はイノベーションを抑え込む可能性があるという。

心理学的動機の可能性もある。筆者の研究では、男性が厳格な男らしさの概念に最もこだわるのは、「男らしく」というプレッシャーを感じて自信を失っているときだということが分かった

ザッカーバーグは多様性を推進すれば自分の権力が危うくなる、権力を握り維持するにはドナルド・トランプ大統領流の男らしさに同調するのが得策だ、と考えているのかもしれない。

「弱い」印象を与えかねない政策を放棄し、攻撃的な職場を奨励するのは、リーダー・革新者・男としての地位強化が狙いなのだ。

狩りや総合格闘技自体が悪いとか男性的だというつもりはない。職場での男性的特質が悪いというつもりもない。

それでも、いい年をした大富豪たちが思春期の少年や若い成人男性のように「強い男」を気取っているのを見るたび、アメリカの将来を案じずにはいられない。

The Conversation

Adam Stanaland, Assistant Professor of Psychology, University of Richmond

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


20250225issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年2月25日号(2月18日発売)は「ウクライナが停戦する日」特集。プーチンとゼレンスキーがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争は本当に終わるのか

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

トランプ関税巡る市場の懸念後退 猶予期間設定で発動

ビジネス

米経済に「スタグフレーション」リスク=セントルイス

ビジネス

金、今年10度目の最高値更新 貿易戦争への懸念で安

ビジネス

アトランタ連銀総裁、年内0.5%利下げ予想 広範な
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 5
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 6
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 7
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 8
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 9
    トランプ政権の外圧で「欧州経済は回復」、日本経済…
  • 10
    ロシアは既に窮地にある...西側がなぜか「見て見ぬふ…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 5
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 6
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    週に75分の「早歩き」で寿命は2年延びる...スーパー…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 6
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 7
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中