最新記事
北朝鮮

プーチンは「金正恩閣下を慕い尊敬している!」 北朝鮮「噓八百」講演会、国民は呆れ顔で聞き流していた

2024年9月20日(金)17時25分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載
プーチンは金正恩を尊敬していると喧伝する北朝鮮

北朝鮮を訪問したプーチン大統領(6月19日) Sputnik/Gavriil Grigorov/Pool via REUTERS

<北朝鮮の各地で開かれている政治講演会や思想学習会では、最近までロシアを批判する内容が多かったが、全世界が金正恩を激賛しているとの内容への変化がみられる>

「プーチン大統領が金正恩元帥様を慕っている」

北朝鮮では毎週のように、住民を対象にした政治講演会や思想学習会が開かれている。朝鮮労働党や政府の政策や国民の課題、禁止事項を伝えるための場だが、世論があらぬ方向に向かいつつあるときに、それを都合のいい方向に修正するためにも使われる。

■【動画】北朝鮮で歓迎セレモニーを受けるプーチン、露骨に「退屈そう」な様子を見せる 「つまらなそう」「飽きてる?」

ロシアのプーチン大統領は6月、北朝鮮を訪れ、金正恩総書記と会談したが、それをきっかけに北朝鮮国民の間でロシアに対する期待が高まった。それに気づいた当局は、ロシアを批判する内容の教育を行った。しかし、効果がなかったのか、最近になってその方向性を変えたと、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

(参考記事:【写真】「北朝鮮の不良弾薬が暴発し吹き飛ぶロシア兵」衝撃の瞬間

咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋によると、9月の第1週目に道内の工場、企業所、各種団体で開かれた政治講演会のタイトルは、「金正恩元帥様の懸命なる領導の下にさらに力強く共和国(北朝鮮)の尊厳と地位を全世界が激賛していることについて」というものであった。

講演会のほとんどは、プーチン氏が金正恩氏をどれだけ慕い尊敬しているかを説明することに費やされた。また、金正恩氏への尊敬はロシアだけではなく全世界的なものだ、ということも強調された。

例えば「2019年4月に行われた首脳会談で、遅刻魔であるプーチン氏が予定より30分も早く到着した」とし、どれだけ金正恩氏を慕っているかの現れなどとの説明があった。以下、講演会の提綱(レジュメ)より一部を抜粋する。


プーチン大統領のこのような姿勢(早く到着した)を持って、各国のメディアは驚きを表し、「これは国際舞台で(北)朝鮮の大国的地位と重みを改めて見せるものであり、このような国を作った金正恩閣下に対するロシア指導部の尊敬と慕う心を感じさせるものだ」と一様に評した。

世界の多くのメディアは金正恩閣下との会談を重視するのは、こんにちロシア大統領だけではなく世界の主要国の指導者たちの切実な希望だと評し、日々高まりつつあるわが共和国の国際的地位について賛嘆の声を惜しまなかった。

住民のロシアへの憧れや期待感の大きさを警戒する北朝鮮当局

両江道(リャンガンド)の情報筋も、現地で同様の政治講演会があったことを伝えた。

上述の通り、講演会の内容は8月と9月でガラッと変わったが、これは住民のロシアに対する憧れ、期待感の大きさを北朝鮮当局は警戒してのものだ。食糧難が続く中で、かつて韓国を含めた国際社会から食糧支援を得たように、ロシアからも食糧が入ってくるのではないかという期待が非常に大きい。

このような期待は尾ひれがついて暴走しがちで、裏切られた場合に、その怒りは党や政府、金正恩氏に向かう。そこで、期待を一掃すべく、ロシア批判を行ったが、今月に入ってその手法を変えたということなのだろう。

さて、当局が正確に意図していたものがどのような形でのソフトランディングだったかはわからないが、金正恩氏を激賛する講演会の内容は、冷笑をもって迎えられた。

「ロシアの大統領が元帥様を慕って、その最大の誠意として乗用車を送ったというくだりでは、公演会場が冷ややかな空気に包まれた。一部からは『自分が国家元首なら、車の代わりに、国民が切実に求めている食糧を受け取っただろう』との反発の声も聞こえた」(情報筋)

(参考記事:金正恩氏の「高級ベンツ」を追い越した北朝鮮軍人の悲惨な末路

続いて、「世界各国が金正恩氏と会いたがっている」との内容に差し掛かったが、住民はまともに耳を傾けていない様子だったとのことだ。

どんな「いい話」を聞こうとも、腹が膨れるわけではない。ましてや聞き慣れた低レベルの偽情報など、聞くだけ時間の無駄だと考えているだろう。

食糧を海外から取り寄せて配給すること、勤労動員や税金外の負担を住民に強いないこと。金正恩氏が国民の心をつかむにはこの2つが欠かせないだろう。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



20250225issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年2月25日号(2月18日発売)は「ウクライナが停戦する日」特集。プーチンとゼレンスキーがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争は本当に終わるのか

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

マスク氏は宇宙関連の政府決定に関与しない=トランプ

ワールド

ECB、在宅勤務制度を2年延長 勤務日の半分出勤

ビジネス

トヨタ、LGエナジーへの電池発注をミシガン工場に移

ワールド

トランプ氏、米ロ協議からの除外巡るウクライナの懸念
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 2
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「20歳若返る」日常の習慣
  • 3
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防衛隊」を創設...地球にぶつかる確率は?
  • 4
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 5
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 6
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 7
    祝賀ムードのロシアも、トランプに「見捨てられた」…
  • 8
    ウクライナの永世中立国化が現実的かつ唯一の和平案だ
  • 9
    1月を最後に「戦場から消えた」北朝鮮兵たち...ロシ…
  • 10
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 1
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 2
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だった...スーパーエイジャーに学ぶ「長寿体質」
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 5
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 6
    【徹底解説】米国際開発庁(USAID)とは? 設立背景…
  • 7
    週に75分の「早歩き」で寿命は2年延びる...スーパー…
  • 8
    イスラム×パンク──社会派コメディ『絶叫パンクス レ…
  • 9
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 10
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 9
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中