最新記事
社会格差

「弱者男性」論は、なぜ盛り上がるのか?...産業構造の変化と「キラキラ勝ち組」の彼方

2024年7月26日(金)14時00分
藤田直哉(評論家、日本映画大学准教授)

そこから、女性は収入を増やしたのだから、上昇婚の傾向を改めろ、という議論が出て来る。これは当然だと思う。

上昇婚の傾向があるからこそ、男性があぶれて、恋愛や結婚を出来なくなっていることは統計上確かなのだから、上昇婚の価値観と文化も「アップデート」するべきというのは当然の議論だろう。

しかし、その場合、かつては経済的に弱い立場だった女性たちが、経済的に有利な立場である男性に、媚びたり、奉仕したり、横暴に耐えたりしていたことも忘れてはならない。


 

「弱者男性」たちも、それを要求するなら、いわば花嫁修業をするべきであるし、金銭的理由でDVに耐え、風俗などで働いていた女性たちと同じ境遇になることもまた受け容れるべきなのだろう。

「弱者男性」論は、「男性」の中で見過ごされてきた「弱者」の問題を提起する意義のある側面と、ミソジニストや家父長制主義者が女性を攻撃する側面とが重なりながらネットで展開していたので、その腑分けを慎重に行う必要があるだろう。

本当に客観的に「弱者」である場合と、客観的には「強者」であるという属性の加害性や特権性を否定するために敢えて「被害者」を装うという現代的な差別主義者である場合とが、入り混じっているのが、この議論の厄介なところである。

たとえば、産業構造の変化で不利になる者として、対人関係が苦手な脳の特性や障害の持ち主たちがおり、筆者の観察では「弱者男性」論客のそれなりの数が、そのような障害をカミングアウトしている。

また、非正規雇用であるがゆえにお金がなく、結婚できないという絶望を語る者もいる。経済状況と結婚に相関があるのは、統計的な事実である。それは、非正規化という政策の問題だろう。

それら、様々な原因の違いが一緒くたになりながら、「弱者」性を主観的に感じている男性たちが「弱者男性」と自己定義しているのである。

だが、総じて、これらの議論は、産業構造やメディア環境、そして価値観の変化に対する反応、もしくは、その変化についていけないことへの苦境の吐露と理解するべきだろう。

彼らにとっては、リベラルや、フェミニズムは、キラキラした特権的な「勝ち組」の世界の出来事であり、その世界には自分たちの居場所がない、あるいは、蓋をされ、なかったことにされていて、声も無視されている、という感覚があるのだ。



藤田直哉(Naoya Fujita)
1983年札幌生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。東京工業大学大学院社会理工学研究科価値システム専攻修了。博士(学術)。著書に『虚構内存在――筒井康隆と〈新しい《生》の次元〉』『シン・ゴジラ論』『攻殻機動隊論』『新海誠論』(すべて作品社)、『新世紀ゾンビ論――ゾンビとは、あなたであり、わたしである』(筑摩書房)、『娯楽としての炎上――ポスト・トゥルース時代のミステリ』(南雲堂)『ゲームが教える世界の論点』(集英社新書)、共著に『3・11の未来:日本・SF・想像力』(作品社)など多数。


91fSH1CczFL._SY425_160.png

現代ネット政治=文化論: AI、オルタナ右翼、ミソジニー、ゲーム、陰謀論、アイデンティティ
 藤田直哉[著]
 作品社[刊]


(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

20250225issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年2月25日号(2月18日発売)は「ウクライナが停戦する日」特集。プーチンとゼレンスキーがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争は本当に終わるのか

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中