最新記事
日本社会

少年非行は増えている? 思い込みが事実認識を歪める

2024年6月20日(木)18時20分
舞田敏彦(教育社会学者)
少年の補導

少年犯罪の検挙人数は1983年をピークに大幅に減少している photo-ac

<世の中が悪くなっていると思い込む「ネガティブ本能」に多くの人が囚われている>

5年ほど前、ハンス・ロスリングの『ファクトフルネス』という本が話題になった。事実(fact)に基づいて社会を把握する心構えが説かれていて、一般読者が陥りがちな認識の歪みとして、10の本能が挙げられている。注目すべきなのは、世の中が悪くなっていると思い込む「ネガティブ本能」だ。

本書ではいくつかのクイズが出されているが、日本社会に即した格好の題材がある。「少年非行は増加していると思うか?」という、世論調査の設問だ(内閣府『少年非行に関する世論調査』2015年)。回答の選択肢は、以下の3つだ。

1.増えている
2.変わらない
3.減っている


集計の結果を見ると、78.6%が「1」を選んでいる。8割近くの国民が、「少年非行は増えている」という、ネガティブなイメージを持っている。しかしながら、統計に当たってみると答えは「3」だ。『犯罪白書』の長期統計によると、少年の刑法犯検挙・補導人員(触法少年を含む)は、ピークの1983年では26万1634人だったのが、2022年では2万912人となっている。最も多かった頃の12分の1でしかない。

少子化の影響を除くため、各年の10代人口1万人あたりの数にすると、1983年は141.3人だったのに対し、2022年は19.3人。こちらも、7分の1にまで減っている。事態は良くなっているにもかかわらず、世論はネガティブイメージに囚われている。

もっとも、非行の大半は遊び感覚の万引きなので、よりシリアスな罪種に絞ってみるとどうか。凶悪犯(殺人、強盗、放火、強制性交)と粗暴犯(暴行、傷害、脅迫、恐喝)の検挙・補導人員を、10代人口で割った数にする。<図1>は、1950年から2022年までの長期推移だ。

newsweekjp_20240620090003.png

悪質性の高い罪種に限っても、結果は同様だ。2022年の数値は、凶悪犯が1万人あたり0.5人、粗暴犯が3.6人と戦後最小の水準となっている。これは10代人口で割った数なので、少子化の影響は除かれている。

しかし世論はというと、上述の通り、8割近くの国民が「非行は増えている」と思い込んでいる。たまに起きる大事件がセンセーショナルに報じられるためだろう。『ファクトフルネス』では、良いニュースは広まりにくく、悪いニュースは広まりやすいと言われている。

世論というのは、歪められやすいものだ。実害はないと思われるかもしれないが、そうでもない。国の政策は、世論に押されて決まることが多々ある。

2015年に道徳が教科となり、文科省の検定教科書が使われることになった。戦前の修身科を彷彿させるが、「非行が増えている」「子どもが悪くなっている」といった世論の影響もあるかもしれない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

川崎重株が一時6%超安、海自隊員への金品提供や架空

ビジネス

EU諸国、中国製EV関税措置に消極姿勢も 支持形成

ビジネス

カナダ貿易収支、5月は3カ月連続の赤字 予想上回る

ビジネス

ノボノルディスクの肥満症薬、失明の恐れがある眼病と
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:中国EVの実力
特集:中国EVの実力
2024年7月 9日号(7/ 2発売)

欧米の包囲網と販売減速に直面した「進撃の中華EV」のリアルな現在地

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 2
    黒海艦隊撃破の拠点になったズミイヌイ島(スネークアイランド)奪還の映像をウクライナが公開
  • 3
    キャサリン妃も着用したティアラをソフィー妃も...「ロータス・フラワー・ティアラ」の由緒正しい歴史とは?
  • 4
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 5
    ありなの? 飛行機の隣席に40kgの大型犬アメリカン…
  • 6
    北朝鮮を訪問したプーチン、金正恩の隣で「ものすご…
  • 7
    ウクライナ戦闘機、ロシア防空システムを「無効化」.…
  • 8
    爆風で窓が吹き飛ぶ衝撃シーンを記録....「巨大な黒…
  • 9
    H3ロケット3号機打ち上げ成功、「だいち4号」にかか…
  • 10
    現在のビットコイン価格は「高すぎ」か、実は「割安…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「帰ってきた白の王妃」とは?
  • 3
    爆破され「瓦礫」と化したロシア国内のドローン基地...2枚の衛星画像が示す「シャヘド136」発射拠点の被害規模
  • 4
    ウクライナ戦闘機、ロシア防空システムを「無効化」.…
  • 5
    ガチ中華ってホントに美味しいの? 中国人の私はオス…
  • 6
    ミラノ五輪狙う韓国女子フィギュアのイ・ヘイン、セク…
  • 7
    キャサリン妃は「ロイヤルウェディング」で何を着た…
  • 8
    H3ロケット3号機打ち上げ成功、「だいち4号」にかか…
  • 9
    「大丈夫」...アン王女の容態について、夫ローレンス…
  • 10
    キャサリン妃も着用したティアラをソフィー妃も...「…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕の映像が話題に
  • 3
    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア
  • 4
    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が…
  • 5
    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車…
  • 6
    新型コロナ変異株「フラート」が感染拡大中...今夏は…
  • 7
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 8
    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思ってい…
  • 9
    我先にと逃げ出す兵士たち...ブラッドレー歩兵戦闘車…
  • 10
    爆破され「瓦礫」と化したロシア国内のドローン基地.…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中