ローレンス・ウォン新首相誕生:シンガポールの繁栄は続くか?
End of an Era in Singapore
5月15日の就任式で前職のリー・シェンロンと握手を交わすウォン首相(左) EDGAR SUーPOOLーREUTERS
<20年ぶりの首相交代で「リー家の時代」が終わり、奇跡的な繁栄の持続には黄信号が点滅>
去る5月15日、シンガポールで20年ぶりに首相が交代した。いや、政権交代ではない。与党・人民行動党(PAP)の既定路線に従って72歳のリー・シェンロンが職を辞し、51歳で副首相兼財務相のローレンス・ウォンに首相の座を譲っただけのこと。絵に描いたような世代交代劇だが、「リー家の時代」の終焉を告げる出来事でもある。
1965年の独立以来、この小さな都市国家(面積は東京23区より少し広い程度)を率いてきた「国父」リー・クアンユーは90年に首相職を辞し、腹心のゴー・チョクトンを中継ぎの首相に据えた。そのゴーは2004年に予定どおり職を辞し、国父の長男リー・シェンロンに首相の座を譲ったのだった。
今回の首相交代も、実は2年前から予告されていた。しかしリー家の3代目が次期首相となる予定はない。「Nikkei Asia」に寄稿した香港科技大学のドナルド・ロウ教授に言わせれば「シンガポール史上初めて、首相にも次期首相候補にもリー家の男がいない事態」となったのである。
では新首相ローレンス・ウォンとはいかなる人物か。5月6日の英エコノミスト誌とのインタビューでは「誰の意見にも耳を傾ける」と言いつつ、いざとなれば国家と国民の利益になる限り「どんなに難しい決断」も下すと言い切った。実際、コロナ禍では断固たる措置を取り、社会の高齢化に備えて消費税の引き上げに踏み切るなど、国民に不人気な施策も断行してきた。
また5月10日にはフェイスブックに「わが国は今後も、国民の集合的意思のみによって築かれた稀有な国であり続ける」と書き込み、「この奇跡を可能な限り持続させるのが私の使命」だとしている。
しかし前任のリー・シェンロンが首相となった04年当時に比べると、今のシンガポールは政治的にも経済的にも、そして社会的にも厳しい状況に置かれている。ちなみに20年前の状況も、決してバラ色ではなかった。97年にはアジア通貨危機があり、03年にはSARS(重症急性呼吸器症候群)の流行があり、アメリカ主導の「対テロ戦争」のあおりも受けていた。
求められるのは革新性
一方、豪フリンダース大学准教授のマイケル・バーはオンライン誌「東アジア・フォーラム」への寄稿で、ウォンを「官僚的継続性の体現者」と評した。
そうした継続性は「行政に欠かせないもので、いい時代ならば政治的にも美徳とされる」が、あいにく今は「いい時代ではない。さまざまな課題を抱えた今のシンガポールに必要なのは官僚的継続性よりも大胆で新しい発想だ」。バーはそう指摘している。