奇跡の成長に取り残された、韓国「貧困高齢者」の苦悩
SKY-HIGH ELDERLY POVERTY
貧困に追い込まれた韓国の高齢者は、生計のために世界で最も高齢になるまで働かなければならない。韓国統計庁によれば、22年の時点で65歳以上の働く高齢者の比率は36.2%と世界最多だ。この数字はOECD平均15%の2倍以上高い。
ソウル市中区に位置する「シルバークイック地下鉄宅配」の募集条件はただ1つ、「65歳以上」。地下鉄に無料で乗れる65歳以上の高齢者が、地下鉄を利用して配達する業者だからだ。ここは韓国で最初に開業した地下鉄宅配便で、今年で創業23年。社長のペ・キグン(75)は、経営していた食堂が97年以降のアジア通貨危機で廃業に追い込まれた。家計が苦しかった01年、鍾路3街に集まっている高齢者を見て、この事業を思いつく。
「コロナ禍の前は宅配員が60人ほどいたが、今は30人くらいしか残っていない。平均年齢はたぶん75歳を超えているだろう。一番の年長者は89歳だったかな。それでもみんな1日に12時間以上は働いている」
警備員を72歳で退職し、ペの会社で配達業を始めて5年目になるチェ(77)は、毎朝6時半に事務所に出勤する。「出勤する順に仕事をもらえるので、早く来なければならない。水原市や仁川市のような遠方まで配達に行く日は、家に帰るのが夜10時を過ぎることもある」
宅配費はソウル市内の近距離なら1万ウォンで、遠方だと距離によっては最高3万ウォンになる。3割を会社に払って残った額がチェの1日の収入となる。連日12時間以上働くチェは、運がよければ1日に4回程度、ついていない日は2回程度の配達をこなし、手取りの収入は2万~3万ウォン程度。時間当たりの報酬は2000ウォン余りだ。24年の韓国の時間当たりの最低賃金が9860ウォンであることを考えれば、あまりにも安い。
「仕方ないよ。金は欲しいけど、働く所がない。まだ体が丈夫だから休んでもいられないし。孫たちに小遣いをあげるためには稼がないと」
実は、地下鉄宅配は年齢のほかにも条件がある。地下鉄の駅の階段を何度も上り下りできる健康な体と、スマートフォンの地図アプリで配達先を探せる最低限のITリテラシーがなければならない。簡単なようだが、これができない高齢者はけっこう多い。
古紙収集の高齢者が4万人超
働きたくてもどこにも採用されず、行き詰まった高齢者が最も簡単にできる仕事は「古紙収集」だ。
キム· ヒョンギュ(82)は小学校を卒業した後、14歳でソウルに出て大工の仕事を学んだ。腕がよく、70年代に韓国企業が中東のインフラ建設事業に乗り出した「中東建設ブーム」当時、大手企業の試験に合格してカタールに派遣された。7年間懸命に働いたが、カタールの現場で事故に遭い、補償金ももらえず追い出される形で退職した。
弱り目にたたり目で、肺癌にかかった妻を3年間介護し、中東でためた金を全て医療費につぎ込んだ。妻は病気に勝てず亡くなり、貯金を全て失ったキムは小さな建設現場を転々として生計を立てていたが、14年に自分も大腸癌にかかり仕事を中断してしまった。
現在キムの1カ月の収入は、政府から支給される最低生計費給付と基礎年金、障害者年金を合わせて100万ウォン余り。そこから家賃の約20万ウォンと薬代40万ウォンを引いて、残りの40万ウォンで1カ月生活しなければならない。「食事代を稼ぎたい」と始めた古紙収集はもう10年以上続けている。
キムは朝6時に家を出て、重さ60キロもあるリヤカーを引いて一日中歩き回り、段ボールや古紙を拾う。古紙の価格は1キロ当たり70ウォン、1日で60~100キロ程度の古紙を集めても、キムの稼ぎは4000~7000ウォン程度にすぎない。サラリーマンの昼食代が平均1万ウォンを超える物価高のソウルだから、キムの稼ぎはランチ1回分にもならない。