最新記事
韓国社会

奇跡の成長に取り残された、韓国「貧困高齢者」の苦悩

SKY-HIGH ELDERLY POVERTY

2024年5月14日(火)15時30分
金敬哲(キム・キョンチョル、ジャーナリスト)

韓国の保健福祉省は今年1月、古紙を収集する高齢者の実態調査を初めて発表した。これによると全国で約4万2000人の高齢者が古紙収集を行っている。平均年齢は76歳で、1日の平均労働時間は5.4時間、1週間に6日働いている。1カ月の収入は平均で15万9000ウォン。時給に換算すれば約1200ウォンだ。

OECDの最新統計によると、韓国の高齢者の相対貧困率(66歳以上)は40.4%で、OECD加盟国の平均14.2%の3倍近い。豊かな国であるはずの韓国の高齢者が深刻な貧困に陥っている原因について、嘉泉大学のユ・ジェオン教授(社会福祉学)は次のように説明する。

「国民年金制度の導入が遅れたのが最大の原因だ。韓国は国民年金制度を88年に導入したが、全国民に拡大されたのは99年以降。現在75歳以上の後期高齢者の中には国民年金に加入しなかった人が多く、加入したとしても最少加入期間の10年を満たしていない人がほとんどだ。だから、70代の毎月の平均受給額は50万ウォン半ば、80代は40万ウォンにも至らず、生計を維持するのは非常に難しい」

newsweekjp_20240514053848.jpg

高齢者は地下鉄の無料乗車を宅配に利用する(今年3月) KIM KYUNG-CHUL


 

年金改革には若年層が反発

さらにユ教授は「高齢者の扶養に対する社会的認識の変化も影響を及ぼしている」と言う。「これからは高齢者の面倒を見るのは子供の役割ではなく、高齢者自身と国の責任だという考え方が広がるなか、核家族化が進み、家族構造が変化し、子供たちと同居しない高齢者世帯が急増している。1人暮らしや夫婦だけで暮らしている高齢者は世帯所得が少なく、貧困に追い込まれている」

再就職が困難な硬直した労働市場も原因として挙げられるという。韓国の法律上の定年は60歳だが、現実の退職年齢は50代前半だ。最初の職場を退職すると、ほとんどはまともな再就職ができず、臨時雇いを転々とすることになる。賃金水準も大幅に落ち、貧困から脱出しにくい構造になっている。

一方、高麗大学のキム· ウォンソプ教授(社会学)は、韓国の高齢者の突出した貧困率の背景として政府の責任を指摘する。

「韓国の高齢者の割合はOECD加盟国平均の2倍程度だが、公的年金支出はGDPの3.4%でOECD平均の8%の半分にも満たない。公的年金支出の規模を少なくともOECD平均まで引き上げる必要がある。このままだと、2050~60年になっても韓国の高齢者貧困率は30%を超え、状況は改善しない」

さらにキム教授は「より深刻なのは、韓国では高齢化が世界で最も速いペースで進んでいることだ」と言う。「現在は全体の約20%である高齢者の人口比率が、50年には40%を超え、60年には55%まで増えると予測される。高齢者の貧困は韓国の社会全体を貧しくする。そうなる前に政府の積極的な介入が必要だ」

具体的に必要なのは、年金制度の不備を補完するために設けられた基礎年金の拡大だ。「現行の65歳以上の所得下位70%に最高30万ウォンまで支給される基礎年金を、100%を対象に最大50万ウォンまで支給しても、韓国の公的年金支出は2040年のGDPの10%に及ばない。2040年のOECD平均は10%ほどと推定されるので、それでやっと平均値に到達する」

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

小泉防衛相、中国軍のレーダー照射を説明 豪国防相「

ワールド

米安保戦略、ロシアを「直接的な脅威」とせず クレム

ワールド

中国海軍、日本の主張は「事実と矛盾」 レーダー照射

ワールド

豪国防相と東シナ海や南シナ海について深刻な懸念共有
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 6
    「搭乗禁止にすべき」 後ろの席の乗客が行った「あり…
  • 7
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 8
    ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パート…
  • 9
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中