最新記事
音楽

バイオリンの巨匠、パールマンが語る小澤征爾との「出前事件」、「卓球プレイ」と才能の核心

A COLORFUL CHARISMA

2024年3月2日(土)10時41分
澤田知洋(本誌記者)
小澤征爾、イツァーク・パールマン、ボストン交響楽団

ボストン交響楽団の100周年記念コンサートを終えス テージを去るパールマン(下)と小澤(1981年10月)TED DULLYーTHE BOSTON GLOBE/GETTY IMAGES

<逝去した世界的指揮者、小澤征爾とバイオリニスト、イツァーク・パールマンの知られざる交流を、パールマン本人が振り返る。好評発売中の本誌「世界が愛した小澤征爾」特集より>

現代最高峰のバイオリニストとして世界の名だたるオーケストラと共演し、ソロでも活躍してきたイツァーク・パールマン。現在78歳の彼は小澤征爾との演奏会での共演や録音機会も多かった。公私ともに小澤と長年交流のあった米在住のパールマンが、電話インタビューで故人との思い出や音楽を振り返った。

◇ ◇ ◇


0305_1005 (1) (1).jpg
恐らくは1960年代後半だったと思うが、フィラデルフィア管弦楽団主催のサラトガ音楽祭に関連した会合で会ったのが、初対面だと思う。セイジは人懐っこくて優しいし、すぐに打ち解けた。その後何度も共演したのはもちろんだけど、一緒にボウリングや夕食なんかも行ったし、音楽抜きで友達としてたくさん遊んだことを覚えている。

どういう経緯だったか、日本のテレビ番組『オーケストラがやって来た』で演奏した折、セイジとステージ上で卓球をしたこともあった。僕とセイジが友人ということを前提に、僕らに変わったことをさせてみようという企画だったんだろうね。

セイジの食への情熱はすごかった。彼をボストンに訪ねると、街一番の中華や日本食レストランに連れて行ってもらった。彼のおすすめはなんでもおいしいから、いつも店選びは任せきり。「あそこに行くぞ」とセイジが言えば、喜んでついていった。

おかしかったのが、東京の中華レストランだったと思うけど、食事をしていたら「寿司が食いたくなってきたな」とセイジが言い出して、出前を取ったこと。そんなことして大丈夫なの、と驚いたけど、彼は平気な顔をしていたな。

小澤征爾には「必然性」を生む才能があった

 
 

僕が愛するストラビンスキーの「バイオリン協奏曲」をセイジとやったのは最高だった。思うに、指揮者がテンポどおりに振ることと、本当にリズム感があることは、実は別のこと。単に拍子を刻むのではなく、セイジは拍と拍の間のビートも感じ取り、演奏に生かしていた。

僕が言うところの「内なるリズム」を備えていて、常に弾きたいように弾かせてくれたし、オーケストラとすごく合わせやすかった。だからセイジとは一度も衝突しなかったし、他のソロ奏者ともそんな調子だったのではと思う。

そんなレベルの音楽家と共演できるのは大いなる喜びだった。そういえば彼と同じようなリズム感を持っていたのが(小澤の師匠の)レナード・バーンスタイン。2人にはどこか似たところを感じる。

セイジは単に音楽の技術だけではなくて、その技術でどんな音楽を表現したいか、確固たる信念を持っていた。それが彼の才能の核心じゃないかな。音楽家は自分の音楽で聴衆を納得させなきゃいけない。単に良い曲を演奏するだけでなく、今この瞬間はこう表現するしかないんだ、という必然性で聴く人を別世界に運ぶこと。そのために指揮者は客より前に、オーケストラを納得させる必要がある。その必然性をセイジは若い頃から生み出すことができた。

最後に会ったのは、僕が4〜5年前に日本を訪れてランチに行った時のはず。日本の音楽祭に絶対出てよ、としきりに口説かれたなぁ。いま思い返されるのは、いつも愛らしさとポジティブさが感じられたセイジの人柄。音楽家としては、色彩豊かでファンタスティックなカリスマとして、世界中で語り継がれていくことは間違いないだろうね(構成・澤田知洋〔本誌記者〕)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

訂正-米テキサス州のはしか感染20%増、さらに拡大

ワールド

米民主上院議員、トランプ氏に中国との通商関係など見

ワールド

対ウクライナ支援倍増へ、ロシア追加制裁も 欧州同盟

ワールド

ルペン氏に有罪判決、次期大統領選への出馬困難に 仏
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 9
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 10
    「関税ショック」で米経済にスタグフレーションの兆…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中