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米覇権

イスラエル・ハマス戦争の背後に見えるアメリカの没落

2023年11月14日(火)21時00分
亀山陽司(著述家、元外交官)

問題は、中東のみならず、世界中でアメリカの権威が弱まることになる可能性が高いことである。それを示したのが10月27日の国連総会決議である。この決議は「人道的な休戦」を求めるもので、ヨルダンが取りまとめた。国連安保理では中露と米英の対立により決議案の採択に至らなかったのと対照的に、121か国の圧倒的多数の賛成により採択された。これは、投票国の3分の2以上である。総会決議に法的拘束力はないが国際社会の「総意」として政治的重要性は高い。中露は賛成、米英はハマスへの非難が含まれていないとして反対票を投じ、フランスを除く他のG7諸国は棄権。この事実が示していることを日本も重く受け止める必要がある。

それは、アメリカは他の国々と同じように自国中心主義の国であり、世界の警察官などではなく、また公平な第三者でもないという(当たり前の)事実である。残念ながら、アメリカの主張とそれに同調しているG7の立場は、もはや世界の大多数を代表するものではなくなっているのである。

パレスチナ紛争で言えばイスラエル、ウクライナ侵攻で言えばウクライナをそれぞれ援護する目的で繰り返されるG7声明は空文化し、紛争当事者双方に働きかけるという資格をG7から奪っている。アメリカ的理念や価値観の吸引力、すなわちアメリカのソフトパワーが弱まっていることにより、ウクライナ侵攻以降の世界の分断と国際秩序の地殻変動は今後ますます大きくなっていくだろう。

アメリカが示す理念や行動が、決して公正な立場からなされているものではないのだとすれば、諸国がアメリカにつき従うのは、経済的、軍事的な見返りがあるからである。それこそが、「帝国」が存続するための本質的な構造である。しかし、そのために覇権国アメリカのコストはますます大きくなり、力を失っていく。結果として、中国などの台頭する新興勢力の挑戦を受けて覇権が交代することになる。これが国際システムの変動の歴史的なメカニズムだ。

覇権をより長期にわたって維持するためには、物質的コストを押さえつつ指導力を発揮することが必要となるが、そのための有効な手段がソフトパワーであり、例えば、誰もが納得する「公正な理念」だ。21世紀初頭においては、冷戦終結によってソ連ではなくアメリカこそが世界を指導する「公正な理念」の代表者となった。

しかし、アメリカが「公正な理念」に則って行動する国ではないとみなされるようになればどうなるのか。国連総会決議でアメリカの立場が少数派となったことがその傾向をよく示している。そうなれば、世界はいやおうなく分断され、アメリカの影響力が機能しないいくつかのブロック(地政空間)に分かれるだろう。冷戦終結当時から21世紀初頭にかけては、アメリカ一強であったが、ロシアが復権し、中国が勃興している現在、世界の多極化は避けられないのである。多極化した世界でどのような秩序を構想するのか、どのように行動すれば生き残れるのか、それが日本外交の課題となってくるだろう。

日本はどう対処するべきか

では、ガザ地区の問題に関して、日本はどのように対処すべきなのだろうか。日本もまた世界の警察官ではありえない。世界の平和を維持し、回復する資格も能力もない。しかし、世界の分断が広がり、秩序が不安定化することは、日本にとっても望ましいことではない。できる範囲で、関係国間の合意の実現と秩序の回復に努めることが必要だ。そのためには、どちらか一方の立場に肩入れするのではなく、公正な判断を示さなければならない。もし、日本が自国の国益のみを優先するという立場をとるのであれば、初めから第三国の問題に介入すべきではない。それがアナーキーな国際政治における主権国家としての節度というものであろう。

その意味で、国連総会決議で日本が賛成票を投じられなかったのは残念である。もちろん、米英が反対票を投じる中、G7議長国としてG7が内部で分裂するという状況に陥ることを避けたかったとの事情は理解できる。しかし、フランスが賛成に回ったのは誤算であり、G7内での日本の指導力とG7そのものの一体性にも疑いが生じる結果となった。

それもあってか、11月8日、東京でG7外相声明が発出された。内容は、ハマスを非難し、イスラエルの自衛権を強調しつつ、人道危機への対処と戦闘の人道的「休止」を求めるものとなっている。つまり、基本的にアメリカの立場に沿ったものだ。中東問題に関しては、アメリカの意向に沿って声明を取りまとめる以外に日本にできることはなかったのだろう。他にできることがあるとすれば、やはりガザ地区での人道的活動の支援である。ただ、まともな人道的支援すら行えないというのがイスラエルによって引き起こされているガザ地区の現状だということこそが問題なのである。

本来であれば、日本政府には、イスラエルの過剰報復を「自衛権」としては容認できないとの良識的な認識を示すとともに、地域の不安定化を防ぐために即時停戦を求めるくらいのラインでG7声明を取りまとめ、国際政治における真の指導力を発揮してもらいたかったというのが筆者の思いではある。

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