イスラエル・ハマス戦争の背後に見えるアメリカの没落
こうしたイスラエルの行動を理解する鍵は、ローマ帝国の時代から延々と続くユダヤ人がたどってきた長い亡国の歴史にある。イスラエルにとって、ようやく手に入れた現在のイスラエル国家の存続は、我々には理解の及ばないセンシティブかつクリティカルな問題であり、国際社会の反応はおろか、国際法をも凌駕する「超法規的」問題なのである。
そして、周辺をイスラム諸国に囲まれたイスラエルにとって、中東という地政空間の覇権を握ることが最も確実な生存権となっている。もし、この地域で現在イスラエルが有している優越的地位を失えば、現実問題としてイスラエル国家は消滅してなくなるだろう。地域の覇権を握ることが難しいとしても、周辺のイスラム諸国との間で安定した均衡を維持しなければならないのである。これがイスラエルの置かれている地政学的現実である。
しかし、忘れてはならないのは、イスラエルの優位は、中東におけるアメリカのプレゼンスに依存しているということである。アメリカは1980年に表明されたカーター・ドクトリンにおいて、中東(ペルシャ湾岸地域)におけるアメリカの国益を守るためには軍事力の行使も辞さないという立場を示した。それ以降、中東・アフリカを担当地域とする中央軍を創設し、湾岸戦争を戦い、イラクのフセイン政権を打倒し、イランに圧力をかけ続けている。これは、中東の地政空間に決して覇権国を出現させないというアメリカの国家戦略に基づく対応である。
アメリカの中東戦略を見るうえで見逃してはならないのは、アメリカ政治におけるネオコン(新保守主義者)の台頭だ。ネオコンはブッシュ(ジュニア)大統領時代にその存在感を強く示し、イラク戦争を主導することになった。ネオコンの代表的イデオローグの一人であり、ユダヤ系のポール・ウォルフォウィッツ国防副長官(当時)は、長く中東戦略の重要性を説き続けていた。彼らの思想の根幹にあるのは、アメリカ的価値観の普遍性とアメリカの軍事的優位に対する強い確信である。ネオコンは、もともとは民主党支持者であり、思想的には民主党と親和性が高いものだ。リベラルな価値観を軍事力も活用しつつ世界に広めることで、アメリカの覇権あるいは優位を維持することが、彼らの方法論なのである。
バイデン政権は、まさにこうした発想に基づいて行動しており、その結果がウクライナへの強力な軍事支援であり、また、イスラエルへの強固な支持表明として現れているのである。アメリカはウクライナやイスラエルを支援することで、東欧や中東における自国のプレゼンスが縮小しないようにと考えている。仮にそれらの地域に覇権国が出現すれば、アメリカの影響力は瞬く間に失われてしまうからである。
イスラエルに自国を重ねるアメリカ
ニューズウィーク日本版は10月24日号「新・中東戦争」特集などで、現在のハマスとイスラエルの武力衝突の歴史的背景をかなり詳しく説き起こしている。また、ハマスを背後から支援するイランの重要性も指摘されている。しかし、今回の事態が示しているもう一つ重要な背景がある。それは言うまでもなく、アメリカの指導力の低下、あるいは没落の可能性である。
アメリカはこれまでも常にイスラエルを支持してきたが、1978年、カーター政権はエジプトとイスラエルとの和平協議の開始やパレスチナに関する協議を開始するというキャンプ・デービッド合意を実現するなど、中東和平への関心も示してきた。それが、結果的にはイスラエルの存続と中東におけるアメリカのプレゼンスの維持に有意義だったからである。しかし、カーター自身が、中東での軍事力の行使を辞さない立場を示し、さらに次のレーガン政権になると、徐々にネオコンが台頭することで、和平合意のような外交的手段よりも軍事力の行使を重視する傾向を示すようになっていったのである。その結果、アメリカの中東戦略は、極端に軍事的プレゼンスに依拠したものとなり、イラク、イラン、シリア、アフガニスタンなどとの間で対立と分断を深めることになっている。
そもそもアメリカにとって、ハマスによるテロ攻撃に報復するイスラエルの姿は、9.11の同時多発テロを受けたアメリカに重なって見えている。そのとき、ネオコンが強い影響力を持っていたブッシュ政権は、「テロとの戦い」を掲げて、アルカイダをかくまっていると見られたアフガニスタンのタリバン政権を攻撃目標にして攻撃・占領した。さらに、後顧の憂いを残すまいと、大量破壊兵器の開発を理由にイラクにまで戦争を拡大したのである。
今イスラエルがガザ地区に対して行っている軍事作戦は、当時のアメリカの行動と瓜二つである。だからアメリカは決してイスラエルの行動を非難することはできないのだ。今回、アメリカがイスラエルの過剰な「報復」を「自衛権」として支持する立場を示している背景にはそうした事情もあるだろう。しかしその結果、これまで比較的アメリカと近かったアラブ諸国までが、アメリカの対応に疑義を呈している。おそらくアメリカは、中東における信頼を大きく損ない、その影響力をいっそう失うことになるだろう。