猫はどこからやってきた?「愛すべきネコ君」と人間との共同生活の不思議な歴史に迫る
FROM WILDCAT TO PET CAT
CAT BOX/SHUTTERSTOCK
<農耕生活の始まりがアフリカヤマネコを人間と同居するイエネコにしたが、何より変わったのは身体的特徴よりその行動だった>
何年か前、アフリカで本物のサファリを楽しむ機会があった。暗黒の草原に繰り出してライオンやヒョウ、ハイエナといった猛獣の様子を観察するのは最高にスリリングだ。
ところが、闇をかき分けて進む私たちの車のスポットライトに照らし出されたのは、もっと小型のネコ科の動物だった。細身で、毛は黄褐色、かすかに斑点か縞(しま)みたいなのが入っていた。まぶしそうにこちらを見て、次の瞬間には身を翻し、ダッシュで闇の奥へと消えた。
誰かのペットが迷い込んだのか? 最初はそう思った。でも特徴を探ると、イエネコ(家畜化したネコ)にしては脚が長いし、立派な尻尾の先端が黒い。アフリカヤマネコだ。
筆者は進化生物学者で、専門は爬虫類。特にトカゲ類の自然淘汰を研究してきた。しかしネコとの付き合いはもっと長く、5歳の時からだ(親がどこかで捨てネコをもらってきた)。そしてアフリカヤマネコについて言えば、その進化の驚異には今も魅せられている。
そう、アフリカヤマネコは愛すべきイエネコたちの祖先だ。生物学的な違いは微々たるものだが、それでもアフリカヤマネコの子孫は、イヌと並んで人間に最も愛される動物となった(正確な数は不明だが、愛玩用のイヌとネコの個体数は世界全体でそれぞれ10億と7億ともされている)。
もちろん、アフリカヤマネコの子孫が人間のハートをつかみ、ハウスに入り込むためには一定の的確な進化が必要だった。詳しくは拙著『The Catʼs Meow』をご覧いただきたいが、以下、簡単に説明してみよう。
ネコ科の動物でセレブといえばライオンやトラ、ピューマのような大型の猛獣だが、実を言うとネコ科には41種類の野生種がいて、その大半はイエネコくらいのサイズだ。
クロアシネコやボルネオヤマネコ、コドコド、ジャガーネコ、マーブルキャットなどがいるが、それらの名を知る人はほとんどいない。
人間の集落に入り込み共存
理論上は、どの種にもイエネコの祖先となる資格があった。だが遺伝子DNAの解析によって、現在のイエネコがアフリカヤマネコ(それも北アフリカ原産のリビアヤマネコ)の直系であることが分かっている。
数あるネコ科の小動物の中で、なぜ北アフリカのヤマネコだけが私たちのペットになり得たのか。端的に言えば、彼らの性格が最適で生息地も時期も最適だったからだ。
人類の文明が始まったのは約1万年前で、場所は北アフリカから中東のトルコ、シリア、イラク、イランに至る「肥沃な三日月地帯」だった。
人が定住して集落を形成し、作物を育てるようになった時期だ。この地域には、もともとネコ科の小動物がたくさんいた。カラカルやサーバル、ジャングルキャットやスナネコなどだ。
しかし人間の集落に入り込み、人間と共存できるようになったのはアフリカヤマネコだけだった。
アフリカヤマネコは、ネコ科の動物にしては最高にフレンドリーだ。うまく育てれば、野生種でも愛すべき「友達」になれる。ちなみにアフリカヤマネコの近縁であるヨーロッパヤマネコは、どんなに愛情を持って接しても意地悪に育つ。
こうした特徴を考慮すれば、何が起きたのかは容易に想像がつく。まずは人類が定住し、農耕生活を始めた。
そして不作の年に備えて、作物の余剰分を蓄えるようになった。するとその貯蔵庫に、固い穀類を好む齧歯(げっし)類の動物(その代表格がネズミ)がすみ着き、猛烈な勢いで繁殖し始めた。
ネズミが増えればネコの出番だ。人間に対する警戒心の薄いアフリカヤマネコは集落に侵入し、ネズミを食べまくった。
それを見て、人はネコが役に立つと知った。だから丁重に扱い、たぶん寝床や食べ物も用意したのだろう。すると最も大胆なヤマネコは人の住居に入り込み、そこで、まあ、人になでられることも受け入れた。イエネコの誕生である。
家畜化がどこで、どのように起きたかは分からない。
しかし墳墓に描かれた絵や彫刻からは、少なくとも3500年前のエジプトにイエネコがいたことが分かる。遺伝子(エジプトにはネコのミイラがあり、DNAが採取されている)の解析や考古学的資料をたどれば、その移動経路も推定できる。
北アフリカから北上してヨーロッパ大陸へ渡る一方、アフリカ大陸を南下し、さらに東進してアジアに入った。北欧から来た海賊がネコの居住地拡大に一役買ったことも分かっている。
現在のイエネコには、野生種にはない色や模様、毛質が見られる。マンチカンの短い脚、シャム猫の細長い顔、ペルシャ猫のつぶれた鼻などの身体的特徴もある。
しかし基本的には、ほとんどヤマネコと見分けがつかない。家畜化の過程で自然淘汰によって変化した遺伝子は13個しかない。ちなみにオオカミがイヌに進化する過程では、その3倍近い遺伝子が変化している。
ヤマネコとイエネコの決定的な違いは2つだけだ。まずは脳の大きさ。どの家畜でもそうだが、イエネコでは攻撃性や警戒心などに関与する脳の部位が小さくなっている。
そして腸の長さ。イエネコでは、飼い主から与えられる植物性の餌を消化するために腸が長くなっている。
家畜化の過程では習性も大きく変化した。イエネコは孤高で素っ気ないというのはネコ嫌いの偏見にすぎない。
たくさんのネコを一緒に生活させれば、彼らもライオンと同様に群れを形成する。群れは母系で、同じ群れに属するネコはみんな仲良しだ。互いに毛づくろいをしたり、遊んだり、授乳したりする。
仲間に近づくとき、イエネコは尻尾をピンと上げる。これは友好のサインで、ライオンには見られるが、他のネコ科の動物には見られない。イエネコはこのサインを飼い主にも示す。彼らが人間を自分たちの仲間と見なしている証拠だ。
人を操るイエネコの進化
そしてイエネコは、飼い主に対して声で要求する。さまざまなメッセージを伝えるために鳴き声を使い分けている。
ただし尻尾を立てる行動と違って、それは人間を自分の仲間と見なしている証拠ではない。ネコが互いにニャーニャー鳴き合うことはめったにない。
ネコの鳴き声は家畜化の過程で、人間との意思疎通を図るために進化した。野生のネコの鳴き声は、イエネコの優しい「ニャーオ」と違って、もっと緊急性を帯びた「ニアーーオウ!」に聞こえる。
イエネコの「ニャーオ」は高音で短く、人間の耳に心地よく響く。ちなみに人間の子の声もピッチが高い。それを知って、イエネコは自分の声を進化させたのだろう。
ネコは、喉を鳴らす音も使って人を操る。何かが欲しいときは特に激しく喉を鳴らす。それは満たされたネコの喉鳴らしとは違い、何としても注意を引こうという決意の籠もった執拗で連続的な音だ。
この2種類の音のスペクトルをデジタル処理で比較すると、激しい喉鳴らしの音は人間の赤ちゃんの泣き声に似ていることが分かった。もちろん、人間はこのスペクトルの音に敏感だ。イエネコはそれに気付き、この音を出すすべを学んだらしい。
ネコ好きの人ならご存じだろうが、ネコを訓練することはできる(餌で釣ればいい)。だが、それ以上にネコは飼い主を訓練する。昔から言うではないか、「イヌは飼い主に仕え、ネコは飼い主を従える」と。
Paul Rogers, Professor, Arts & Sciences at Washington University in St. Louis
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.
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