最新記事
人権問題

オーストラリア、先住民の権利向上をめぐる国民投票「否決」...甘すぎた政府の理想と現実

No to Indigenous Voice

2023年11月2日(木)18時28分
パトリシア・オブライエン(ジョージタウン大学准教授〔太平洋・オセアニア史〕)
オーストラリアのアルバニージー首相

国民投票の否決について「望んだ結果ではなかった」と述べたアルバニージー LUKAS COCHーAAP IMAGEーREUTERS

<アボリジニの未来のため、白豪主義の過ちを償おうとする首相の訴えは理想論としては完璧だったが、誤算と失策に悩まされる結果に>

10月14日、オーストラリアで先住民の権利をめぐる国民投票が行われ、否決された。

是非が問われたのは、「アボリジナル・ピープルおよびトレス海峡諸島民を『最初のオーストラリア人』と認め、その意見を議会に届ける諮問機関ボイスを創設する」ための憲法改正案だった。

否決自体は想定内だったが、その規模は予想をはるかに超えていた。60%もの有権者が政府の改憲案を拒否したのだ。

この結果は人々に内省を促した。否決は先住民に対する国民の姿勢の表れなのか。それとも単に反対派の戦略がうわてだったのか。

多くの疑問が渦巻くが、確かなことが1つある。昨年5月の政権発足以来、改憲に取り組んできた労働党のアンソニー・アルバニージー首相にとって、敗北は甚大な打撃だ。

国民投票を実施したアルバニージーの気骨は称賛に値する。憲法で自分たちの存在を明文化し、諮問機関を設立することを先住民が求めた2017年の「心からのウルル声明」を尊重するという公約を、彼は守ろうとした。

先住民がよりよい未来を築けるようにその6万5000年の歴史を認め、白豪主義の過ちを償おうと、アルバニージーは訴えた。これは理想論としては完璧だったが、いざ改憲を実現しようとすると誤算と失策に悩まされた。

説明不足と先入観も敗因

まず、実現に課したハードルが高かった。改憲には全国の有権者の過半数が賛成票を投じ、なおかつ全6州のうちの4州以上で賛成票が過半数に達する必要がある。

オーストラリアでは1901年から国民投票が44回実施されたが、可決したのは8回。7回は連邦判事の定年や州の債務管理の変更を問うものなどで、超党派の働きかけなしに成立したケースはない。

一方、今回問われたのは理念だった。政府はボイスがどんな機関になるのか具体的な構想を示さず、有権者の承認を得た暁には議会がそうした決定を下すとのみ説明した。

先住民の声を政策に反映しやすくする機関の創設は既に国民の理解を得ていると信じたのも、失敗だった。確かにこの数十年で、裁判や調査が先住民迫害の衝撃的実態を明らかにした。歴史は再検証され、国民の意識も変わった。それでも有権者に改憲への賛同を取り付ける段になると、政府は説得力を欠いた。

22年の総選挙で労働党を圧勝させた民意が再び味方してくれると思い込んだのも、間違いだった。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

焦点:アサド氏逃亡劇の内幕、現金や機密情報を秘密裏

ワールド

米、クリミアのロシア領認定の用意 ウクライナ和平で

ワールド

トランプ氏、ウクライナ和平仲介撤退の可能性明言 進

ビジネス

トランプ氏が解任「検討中」とNEC委員長、強まるF
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 2
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はどこ? ついに首位交代!
  • 3
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 4
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 5
    「2つの顔」を持つ白色矮星を新たに発見!磁場が作る…
  • 6
    300マイル走破で足がこうなる...ウルトラランナーの…
  • 7
    今のアメリカは「文革期の中国」と同じ...中国人すら…
  • 8
    トランプ関税 90日後の世界──不透明な中でも見えてき…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    米経済への悪影響も大きい「トランプ関税」...なぜ、…
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 3
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 4
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 5
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 6
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇…
  • 7
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中