自軍の無駄死にもお構いなし──傭兵部隊ワグネル、比類なき残虐の理由とは?
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しかもワグネルの部隊は規模が小さい。ウクライナにいるワグネルの兵士は、せいぜい2万人程度とされる。それでも兵士の命を消耗品扱いするような戦術に固執している。なぜなのか。
2018年の2月7日、シリアの独裁者バシャル・アサドの軍に協力していたワグネルの傭兵部隊は、シリア領カサム付近で米軍特殊部隊と衝突し、数百人の犠牲を出した。テレグラムに投稿された当時のメッセージによると、ワグネルの部隊はロシア空軍の支援を期待して米軍陣地への攻撃を計画したらしい。だが支援は来なかった。ロシア空軍パイロットの一部が出撃を拒んだという説もある。
アメリカの推定では、ウクライナにおけるワグネル兵の死傷者数は累積で3万人程度。うち死者は9000人と見込まれる。現代の戦争にしては死亡者の比率が異常に高い。死亡率が50%に達する可能性もある。
ワグネルが兵士の命を軽んじている証拠の1つは「突撃分遣隊」の使用だ。敵の籠もる塹壕の場所を特定するため、あえて重武装の歩兵を徒歩で前進させ、敵の発砲を誘う戦法だ(この手口はロシアの正規軍も採用しているという)。
こうした小規模で局所的な攻撃は、たいてい単発で終わり、援護もない。そのため大きな犠牲を伴うものの、たいした成果は上がらない。
バフムートの戦いがいい例だ。米シンクタンク軍事研究所は、ロシア国防省がワグネルの兵力を疲弊させるため、意図的に彼らを前面に立たせたのだろうと推測している。
ワグネルはまた、自軍の戦闘員に対する残忍さでも際立っている。昔の軍隊が、敵の兵士や住民に残虐行為を働いていたことは知られている。だから自軍の兵士にも苛酷な処罰を科していたと考えられがちだが、私の調べた17世紀前半の軍隊では、軍法会議などの内部統治が確立されており、かなり柔軟な対応で兵士たちの命を守っていた。軍法会議にかけても、被告を処刑するよりは赦免する例が多かった。軍の上層部に思いやりがあったからではない。戦える兵士の数は少なく、その命は無駄にできなかったからだ。
残酷行為でブランド構築
ワグネルの部隊は規模が小さい。だから、その戦闘員は17世紀の兵士と同様に手厚く保護されてもおかしくない。しかし現実は異なる。ワグネルの将校は、勝手に携帯電話を使った部下の指を平気で切り落とす。元受刑者の志願兵たちは「逃げようとすれば射殺すると脅され、生きたまま皮を剝がれる仲間の動画を見せられた」との報告もある。