最新記事
ロシア

自軍の無駄死にもお構いなし──傭兵部隊ワグネル、比類なき残虐の理由とは?

BUILDING A CRUELTY BRAND

2023年4月18日(火)13時40分
ルシアン・スタイヤーノ・ダニエルズ(米コルゲート大学客員准教授、軍事史家)

230425p42_WNL_02.jpg

ワグネル創設者のプリゴジン YULIA MOROZOVAーREUTERS

彼らとワグネルという組織、そしてロシア社会との関係も、昔の傭兵制度のそれと基本的には同じと言えそうだ。筆者の専門は17世紀における傭兵の歴史だが、21世紀のワグネル戦闘員たちも、自分たちは平和な市民社会と無縁な世界に生きているが、一般市民よりも高貴な存在だと信じて疑わない。だから、祖国で平和に暮らす人たちは自分たちに敬意を払うべきだと考えている。ワグネルに参加した元受刑者たちがプリゴジンに付き従う理由の1つは、プリゴジンの率いるワグネルなら国民に尊敬されると信じ、戦場で命を落としても「名誉の戦死」とたたえてくれると確信しているからだ。

ワグネルとロシア政府の軋轢は、現代の独裁国家に多く見られる「権力構造の多頭制」の一例だ。こうした構造においては、政府の機能を複数の権力者が担い、それぞれが支配権と影響力の拡大を求めて画策する動きが起きる。

ロシア軍とワグネルの対立は、ナチスドイツの国防軍とSA(突撃隊)の反目になぞらえることができる。突撃隊はナチスの準軍事組織で、1920~30年代にかけて治安維持部隊として活躍し、アドルフ・ヒトラーの政権獲得に大いに貢献した。34年の全盛時には隊員数が300万を超え、隊長のエルンスト・レームは国防軍に取って代わることさえ考えていた。これに脅威を感じた軍部はヒトラーを動かし、レームを粛清させた。

だがワグネルの体質には、過去の傭兵部隊や正規軍と大きく異なる点がある。昔の軍隊も、いざ戦場に出れば残虐行為をいとわなかったが、できることなら実戦を回避したいと考えていた。傭兵であれ正規軍であれ、本格的な徴兵制が導入される以前の段階では兵員の確保が大きな問題で、限りある兵士を簡単に死なせるわけにはいかなかった。

今のロシア政府も、国民の反感を買わずに十分な兵力を確保するのは難しい。ウクライナ戦でワグネルに頼らざるを得ないのも、正規兵の犠牲を増やしたくないからだ。強制的な動員も、もっぱら国内の少数民族を対象に行ってきた。

自軍の無駄死にもお構いなし

しかし、こうした動員の試みは往々にして強引かつ突発的で、政府はその多くを中断ないし撤回している。ワグネルが受刑者の採用を打ち切ったのも、ロシア国防省の反発が一因とみられている。

しかしワグネルの戦術には、自軍の犠牲を最小限に抑えるという意図が見えない。16~17世紀の傭兵部隊は人手の確保が非常に困難だったため、可能な限り戦闘を避けようとしていたが、それとは対照的だ。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 5
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中