ドラマ『リトビネンコ暗殺』が描く、「プーチンの暴走」を許した本当の原点
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しかし、その過信が仇となってα線を手掛かりにロンドン警視庁は暗殺犯ルゴボイとコフトンの足跡をたどり、容疑者不在のまま起訴にこぎつける。さらにポロニウム210を製造できるのは世界中でロシア西部サロフの国家施設アヴァンガルド・プラントだけであることも突き止める。
16年1月に公表された公聴会報告書は、FSBが2人に暗殺を指示していたのはほぼ間違いないと断定した。そして「おそらくプーチン大統領やニコライ・パトルシェフFSB長官は承認していた」と結論付けた。
プーチンを闇から引きずり出す孤独な闘いについて、マリーナさんは「私にとっては必ずしもプーチンに対する(against)闘いではありませんでした。常に家族のため、夫のため、友達のため、真実のための(for)闘いだったのです。againstとforの間には大きな違いがあります。私は正しいことをしているという自覚がいつも力を与えてくれたのです」と振り返った。
プーチンの暴走に目をつぶり続けた米欧
ロシア産原油・天然ガスと巨額のロシアマネー欲しさに米欧はプーチンの暴走に目をつぶり続けた。08年のグルジア(現ジョージア)紛争、14年のクリミア併合とウクライナ東部紛争、マレーシア航空17便撃墜事件、市民が巻き添え死した18年の元二重スパイ父娘暗殺未遂事件でも米欧はプーチンを追い詰めるような制裁は躊躇した。
グルジア紛争直後、ロンドンにある有力シンクタンクでグルジアの北大西洋条約機構(NATO)加盟論を唱えた研究員は更迭され、ロシア人女性研究員にすげ替えられた。こうした「儲け史上主義」「事なかれ主義」がプーチンを増長させてしまった。公聴会の報告書で名指しされたプーチン、パトルシェフの2人はクレムリン最強硬派で、ウクライナ侵攻を主導した中心人物だ。
さらに欧州で脱ロシア産エネルギーが加速するようになっても、エネルギー自給率が11%と低く、北方領土問題を抱える日本では、経済産業省や商社などの出資する事業会社「サハリン石油ガス開発」がロシアの資源開発事業「サハリン1」を運営する新会社への参画を申請する決定が下された。戦争当事国のウクライナの肩だけを持つわけにはいかないという「見せかけの中立主義」が日本ではまかり通る。
マリーナさんは「プーチンは戦争を止めない。止めさせることができるのはウクライナだけだ」と力を込めた。
10年9月、ポーランドで一時的に拘束されたロシア南部チェチェン共和国の穏健独立派指導者アフメド・ザカエフ氏は亡命先のロンドンで、筆者に「改善した対ロシア関係を悪化させたくないポーランドの立場は理解できるが、私は両国の政治ゲームに巻き込まれた犠牲者だ」と語ったことがある。その意味が当時はまだよく分からなかった。
日本の皆さんも、ドラマ『リトビネンコ暗殺』を視聴してウクライナの人々を塗炭の苦しみに突き落とした戦争の原点が実は加害者のプーチンやロシアだけでなく、われわれの心の奥底に潜む「事なかれ主義」にもあることに気付いてほしい。
配信 「スターチャンネルEX」
字幕版:全4話 独占配信中 ※第1話無料
吹替版:2023年1月19日(木)より配信開始 ※毎週1話ずつ更新
作品公式ページ https://www.star-ch.jp/drama/litvinenko/
放送 「BS10スターチャンネル」
【STAR1 字幕版】2月6日(月)より 毎週月曜よる11:00ほか ※2月5日(日)吹替版 第1話 無料放送
【STAR3 吹替版】2月8日(水)より 毎週水曜よる10:00ほか
●執筆:木村正人
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。