アメリカも警戒する、イスラエル人技術者への中国からのスカウトメールとは?
BEIJING’S BIG BET
もちろんアメリカも、そして他国も、官民挙げてトップレベルの人材の引き抜きに取り組んでいる。しかし、その巧妙さと規模の点で中国は諸外国を圧倒している。中国はこうした人材獲得を通じて経済力を拡大し、軍事技術やサイバー兵器、スパイウエアの開発を進め、地政学的な野心を実現しようとしている。
「技術革新は今や国際的な戦略ゲームの主戦場だ」。昨年5月、党と政府を率いる習は北京の人民大会堂に何百人ものエリート科学者を集め、そう檄(げき)を飛ばしたものだ。
当然のことながら、アメリカ政府は神経をとがらせている。イスラエルは中東における主要な同盟国であり、無人機の開発から人工知能(AI)までのさまざまな分野で、軍事技術とその開発をシェアしている。そのイスラエルに、先端技術の取得に熱心な中国が接近しているのだ。
放置すればアメリカの技術が筒抜けになり、イスラエルを通じて望まざる技術が流出し、秘密が漏れる可能性がある。買収や資本参加を通じて、中国がイスラエル企業の先端技術を手に入れる。そんな展開は最悪だ。
イスラエルにとっては商機
イスラエルはアメリカの戦略的パートナーだが、小さな国だ。中国に言い寄られたら無視はできない。新興企業の育ちやすい国と自慢してきた以上、そういう企業から飛躍のチャンスを奪うようなことはしたくない。
それに中国政府は「一帯一路」構想の一環として、中東でもインフラ建設に多額の投資を行っている。だからイスラエルとしては、近隣のアラブ諸国やイランに対する中国の影響力に配慮しつつ、一方で自国の安全保障の後ろ盾となっているアメリカとの関係も維持しなければならない。
アメリカ政府の立場は明確だ。国務省は本誌に「わが国と友好国イスラエルは、安全保障上の共通の利益に対するリスクに関して率直に意見交換している」と回答してきた。外交用語で「率直に」は、相当に激しい議論を意味する。
イスラエル側も、アメリカ政府の危機感には気付いている。「リスクは承知している」と、エルサレム戦略安全保障研究所のトゥビア・ゲリングは言う。「だがアメリカほどに警戒レベルを上げてはいない」
ジョー・バイデン米大統領とイスラエルのヤイル・ラピド首相は7月、「技術に関する戦略的ハイレベル対話」の枠組みを設置すると発表し、重要な新興技術で共通の利益を守ることを重視していく考えを示した。真っ先に取り組むのは、量子力学を用いて絶対に解読不能な暗号通信技術を開発すること。
ちなみに、この取り組みを主導するのは両国の安全保障チーム。ゲリングに言わせれば「名指しこそしていないが、中国対策であることは明らか」だ。