ゼレンスキーに「覚悟」が生まれた瞬間──プーチンとの「戦前対決」で起きていたこと
ROLE OF A LIFETIME
今年3月、首都キーウで国民に向けて演説するゼレンスキー UKRINFORMーFUTURE PUBLISHING/GETTY IMAGES
<プーチンも相当な「役者」であることを忘れていた、元コメディ俳優の大統領。彼が演技を捨て、自国の状況を世界に訴える本当のリーダーになるまで。伝記から読み解く、ゼレンスキー大統領とは?>
今年2月24日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がウクライナに侵攻を開始したとき、ウクライナがすぐに降伏するだろうと考えた人は少なくなかった。ところがウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領はロシアに屈するのを拒み、暗殺の危機を何度もくぐり抜け、国民を戦いに向けて鼓舞した。国際社会に対しては、ロシアへの制裁とウクライナへの兵器・弾薬の供与を訴えた。
ゼレンスキーはコメディー俳優から政治家になった。テレビドラマ『国民の公僕』で、やはり素人から政治家になった元高校教師を演じたことでも知られる(ネットフリックス日本版では『国民の僕(しもべ)』のタイトルで配信中)。
ウクライナのジャーナリストで政治評論家のセルヒー・ルデンコは新著『ゼレンスキーの素顔──真の英雄か、危険なポピュリストか』(邦訳はPHP研究所)で、ゼレンスキーの子供時代から戦争の始まりまでを振り返り、その人生と政治スタイルを読み解いた。以下は同書からの抜粋。ゼレンスキーがいかに変身を遂げ、プーチンという人間の本質を見定めたかを描いた核心部分だ。
初めに言葉ありき。もっと正確に言えば、『国民の公僕』というテレビドラマのタイトルがあった。
そして、同じ名前の政党が生まれた。イデオロギーもなく、地方支部もなく、党員もいない政党が。
支えてくれるものが何一つない状況で、この党は2017年12月時点で国民の4%の支持を集めていた。
支持者の多くにとって「国民の公僕」党は政治エンターテインメントだった。人々はコカ・コーラやピザ、ケバブサンドを食べながら集会に参加し、人気俳優との自撮りを楽しんだ。ゼレンスキーの大勝利も、映画の一場面のような就任式も、若くてハンサムで切り返しのうまいリーダーの存在もエンタメの一部だった。
だが支持の急速な高まりは、同党が生身のゼレンスキーというより、ドラマの主人公バシリ・ゴロボロジコのプロジェクトであるかのように受け止められていたという事実の裏返しでもあった。
自身の魅力を過信したか?
19年4月21日午後8時。ゼレンスキーとそのチームは、ドラマで使われた「私は自分の国を愛す」という曲と共に記者会見場に姿を現した。まだこのときは、ゼレンスキーと主人公のキャラクターは重なっていた。
ウクライナの第6代大統領となったゼレンスキーは「皆さんを決して失望させないと約束します」と述べた。以来、私たちはさまざまな状況下でゼレンスキーを見てきた。彼とそのチームは素人だと批判されてきた。汚職や傲慢さ、国への反逆で非難されたこともある。