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ゼレンスキーが市民を見捨ててキーウ脱出? ロシアが示す「証拠動画」の真偽を検証

Fact Check: Does Video Prove Zelensky Left Kyiv as Russia Claims?

2022年10月16日(日)13時15分
トム・ノートン

ゼレンスキーは、キーウの大統領府から頻繁にスピーチ動画を公開したり、市内のあちこちで撮影した自撮り映像を公表したりしている。それでも、ゼレンスキーがウクライナを脱出したという話は広められ続けている。こうした情報を流しているのはたいてい、親プーチンで知られるチャンネルだ。

そして今回、ゼレンスキーがグリーンバックの前に立つ動画を根拠に親プーチン的な人々が主張しているのは、こういうことだ──。これまでゼレンスキーが町なかや大統領府から語り掛けてきた動画は偽物で、実はずっと安全な場所にあるスタジオから国民に「戦え」と言ってきたというのだ。

しかし、グリーンバックの動画とそこから得られた画像についての話は、ホログラムの撮影が行われた背景が完全に無視されている。また、動画に添えられた説明を読むと、ゼレンスキーがほんの数日前に実際にウクライナにいた事実を無視していることがわかる。

ゼレンスキーがグリーンバック前に立つ動画が撮影されたのは、2022年6月に英ロンドンで開催されたイベント「ファウンダーズ・フォーラム2022」向けの撮影の一コマだ。ゼレンスキーは、3Dカメラとグリーンバックを使って撮影されたホログラムというかたちでロンドンの会場に投影された。これは拡張現実のアバター用であり、QRコードを読み込むことでスマートフォンの画面上にゼレンスキーを登場させることができる。

ファウンダーズ・フォーラムが発表した声明によれば、ホログラム投影プロジェクトのために使われたハードウェアの一部はウクライナ政府に寄付された。それを使えば「エクステンデッド・リアリティ(現実世界と仮想世界を融合する技術)による通信が引き続き可能になる」という。しかしそれだけでは、ゼレンスキーがウクライナから逃亡したとか、その技術を使ってウクライナ国外から動画を発信しているという証拠にはならない。

ロシアのウクライナ戦略がぐらつくなかで

首都脱出という疑惑は繰り返し浮上しているが、ゼレンスキーは戦争が始まってから今までずっと、キーウにある大統領府にとどまっている。そしてそこで、他国の首脳と会談したり、ロシア軍から解放されたウクライナ国内の地域に足を運んだりしている。

ホログラム撮影時の動画が投稿されたほんの2日前である10月10日にも、ゼレンスキーはキーウからテレグラムに動画を投稿し、ロシア軍がキーウをはじめとする国内各地をミサイルで攻撃したと演説した。

ゼレンスキーは、動画で次のようなメッセージを送った。「今日はシェルターにいてほしい。我がウクライナ軍が努力してくれており、万事うまくいくはずだ」「身を守るための規則をつねに守ってほしい。そして、絶対に忘れてはいけない。ウクライナは、この敵が現れる前から存在していた。そして、この敵が消えた後もずっと存在し続けるだろう」

ここ数週間で、ロシアのウクライナ戦略はぐらつき始めた。しかし、ウクライナと紛争に関するデマは、相変わらずはびこっている。今回のデマも、ウクライナ国民や国際的なウクライナ支持を動揺させる情報戦のひとつと考えられる。

ほんの数日前にキーウで撮影された動画が示しているとおり、ゼレンスキーがキーウやウクライナから脱出したことを示す証拠は存在しない。
(翻訳:ガリレオ)

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