最悪の原子炉事故がウクライナで再び? スタッフ退去報道で高まる緊張
ザポリッジャ原発を警備する兵士。制服の胸にはロシアの国旗(8月4日) ALEXANDER ERMOCHENKOーREUTERS
<ザポリッジャ原発を占拠するロシア軍がスタッフを退去させたとの報道から、人為的な原発事故を起こす前触れではないかという不安が高まっている>
ウォロディミル・プラシヒン(61)は、30年以上前の恐ろしい記憶をありありと思い出さずにいられない。
プラシヒンが暮らすウクライナ南部の都市ニコポリは、ヨーロッパ最大の原子力発電所であるザポリッジャ(ザポリージャ)原発までわずか6~7キロほど。ドニプロ(ドニエプル)川の対岸にそびえる原発施設がはっきり見える。
チョルノービリ(チェルノブイリ)原発で世界史上最悪の原発事故が発生した2年後の1988年、プラシヒンは兵士としてチョルノービリに滞在した。4カ月間の任務を終えて戻ると、直ちに入院させられたという。
「息をするのも難しく、ほとんど体も動かせなかった」と、プラシヒンは振り返る。「いま再び同じことが起きようとしている。いや、今度のほうがもっと大変なことになる。あの恐怖は、経験していない人には分からないだろう」
プラシヒンはどこへ行くときも、甲状腺を被曝から守るためのヨウ素剤を手放さない。しかし、激しい恐怖を感じつつも、ニコポリから脱出するつもりはない。チョルノービリの現場を知るプラシヒンは、市当局が編成したボランティア避難チームにとって不可欠な存在なのだ。
チョルノービリ原発事故の記憶は、ニコポリの住民に重くのしかかっている。それでも、10万人余りの住民のおよそ半分は、原発事故への不安とロシア軍のミサイル攻撃にさらされながらも、今も町にとどまっている。
ザポリッジャ原発をめぐる懸念がここ数日一挙に高まっている。ロシア側がウクライナによる「偽旗作戦」に関して警告を発したことがきっかけだ。ウクライナ軍が原発を攻撃し、責任をロシア側になすり付けようとするのではないか、というのだ。ロシアはウクライナ戦争でたびたび、自らが攻撃を仕掛ける前にこの種の発表を行ってきた。
実際、この春以降ザポリッジャ原発を占拠しているロシア軍が、最近になってスタッフを退去させたという報道もある。この情報を受けて、ロシア軍が人為的に原発事故を起こすつもりではないかという不安が高まっている。
ザポリッジャ市当局は最近、原発事故に備えた避難・救護訓練を繰り返している。一方、ニコポリ市当局は、現時点で市民の不安をあおるべきでないと考えている。
それでも、放射線レベルが所定の水準(非公表)を越えた際の避難所と避難ルートは既に決めてある(具体的な避難ルートは、当日の風向きによって変わる)。