コロナ困窮者に追い打ちの物価高 「分配」訴える参院選に届かぬ声
都内のNPOが生活困窮者に配布した弁当。6月25日、東京で撮影(2022年 ロイター/Kaori Kaneko)
東京の最高気温が8日連続で35度を超え、2015年の過去最長記録と並んだ7月2日、新宿区の都庁前には食料を求める長い列ができていた。都内各地を参議院選挙の候補者が遊説して回る中、少し前まで航空会社の客室乗務員だった44歳のなおさん(本人の申し出により名字は掲載せず)は、帽子のつばをくるりと上げ、カーキ色のパンツと涼しげなサンダル姿で列に並んでいた。
「最初は食料配布に自分が行ってもいいのか躊躇(ちゅうちょ)した」。そう話す彼女は東北地方から上京して大学を出ると、日本の大手航空会社に就職した。外資系の同業他社に転職して海外で暮らしていたが、新型コロナウイルスの世界的流行で旅客需要が減って職を失った。
派遣などで働く今の月収は約10万円と、かつてのおよそ3分の1。東京の下町にある築40年、月6万円の賃貸物件に住んでいる。世界的なエネルギー価格の上昇で値上がりした電気代を節約するため、エアコンの効いた百貨店やオフィス街へ行き、「優雅なふりをして涼んでいる」と話す。100万円近くしたカルティエの時計、ブルガリのアクセサリー、あらゆるものを売り払った。
長引くコロナ禍は観光や飲食などサービス業を中心に仕事や収入を奪った。足元で感染拡大がいったん落ち着き、長いトンネルの出口にようやく差し掛かったタイミングで食料品や電気代などが値上がり、コロナで生活が苦しくなった人たちを直撃している。
7月10日投開票の参院選は、ウクライナ情勢を背景とした安全保障やエネルギー政策とともに「分配」が争点の1つになっている。岸田文雄首相が党総裁として率いる自民党は「成長」と「分配」を掲げ、野党第1党の座を争う立憲民主党も「格差是正」や「分配」を訴える。
しかし、食料配布の列に並ぶなおさんに主張は届かない。「分配政策になっていない。テレビさえない。情報を知っている人とそうでない人で差が出る」と話す彼女は、投票に行かないつもりだ。「海外から日本は貧困になったとみられている。防衛費を増やすなら、みんなが働ける仕組みや環境を作って欲しい」と、なおさんは語る。
物価高、3%の消費増税に相当
政府はコロナで収入を減らした人のために、無利子で小口資金を貸し付ける特例貸付制度の申請期限を今年8月末まで延長した。また、住民税非課税世帯への臨時特別給付金も実施している。厚生労働省の毎月勤労統計によると、2021年度の実質賃金指数は100.6と前年から0.5%増。5年ぶりにプラスに転じたが、コロナ前の2019年度の水準には戻っていない。
総務省が発表する失業率は、コロナ拡大直後も今年5月も2.6%と大きく悪化はしていない。しかし、その背景の一部には、政府が失業者を増やさないよう、コロナの影響で休業しても雇用を維持する事業者には補償を支払ったことがある。第一生命経済研究所の星野卓也・主任エコノミストの試算によると、休業者数を失業者数としてカウントした場合の失業率は、コロナ拡大直後の20年4月は11.5%だった。その後、徐々に改善し今年5月は5.4%となったが、こちらもコロナ前の水準には戻っていない。