最新記事

ウクライナ戦争

英米シンクタンク、NATO軍・米軍、ベリングキャット──対ロシア情報戦の裏側

2022年6月15日(水)16時10分
秋元千明(英国王立防衛安全保障研究所〔RUSI〕日本特別代表)

米国では、それまで一般に名前すら知られていなかったISWがほぼ毎日、実際の戦況や今後の見通しを分析し、ネット上で発信している。これを受けて、世界のほとんどのメディアが、ISWの戦況分析をもとにウクライナ戦争の進捗を報道している。

本来は一つのシンクタンクでしかないISWの報告はまるで米国防総省が毎日行っているブリーフィングのように正確であり、実際、その情報をベースにメディアは国防総省の記者会見に臨んでいる。

このように、ウクライナ戦争では様々な情報をわかりやすく伝えるため、専門家集団のシンクタンクが当局とメディアの間に入って、情報発信の架け橋の役割を果たしている点が注目される。

支援する民間情報産業

情報発信という意味でもう一つ注目されるのは、民間の情報産業が公開情報を徹底的に分析することで、ロシア政府が発信する偽情報やプロパガンダを打ち破ろうとしていることだ。

ウクライナ軍の各部隊や政府など様々な部局がSNSを通じて、戦況など様々な情報を公開している。その量は膨大で、とても一般人が個別に拾い切れるものではない。

また、どの情報も戦争が自軍に有利に進んでいることを強調したいという思惑があるバイアスのかかった情報である。したがって、専門家が情報を精査し、確度の高い情報に絞ってわかりやすく発信することが必要になる。

そこで登場したのが「ベリングキャット(Belling Cat)」である。ネットの公開情報を調査・分析する民間人のグループで、メンバーは世界中に散らばっているとされる。

4月上旬、ロシア軍が撤退した後、ウクライナ軍がブチャに入ると、多くの民間人の遺体が街頭で見つかった。キャリーカートを引きながら家族で移動途中に銃撃された人、自転車に乗っているところを撃たれた人、なかには自宅から路上に引きずり出されて、後ろ手に縛られたまま頭部を撃ち抜かれた人までいた。

こうした事実を、ブチャに入った西側報道機関は単に映像だけではなく、多くの住民に直接インタビューし、証言を得て報道している。

これに対して、ロシア政府は「ウクライナ政府がでっち上げた偽情報で、映像も遺体も偽物だ」と主張して反論した。偽情報の発信をお家芸とするロシアに「フェイクニュース」と批判されること自体、笑止と言えるが、それでもベリングキャットは公開情報をもとにロシアに徹底的に反論した。

この事件について、ロシアは「遺体はロシア軍が撤退した後に置かれ、しかも映像に映っている遺体は生きている人間が遺体のふりをしているだけだ」などと主張し、実際に遺体が動いたとされる動画まで公開した。

これに対して、ベリングキャットは映像に添付されている時間データをもとに遺体はロシア軍がブチャにいた際にすでに街頭にあったことを論証した。また、ロシアが「遺体が動いた」と主張する動画については「カメラの前の車のフロントガラスについた水滴の移動によってそう見えるだけにすぎない」として、画像を見えやすく加工して、ロシアの主張を覆してみせたのである。

ベリングキャットが公開情報の分析(OSINT)を専門としているのに対して、通信情報(SIGINT)を専門に扱うサイトも登場した。

それがシャドウ・ブレイク(ShadowBreak Intl.)やプロジェクト・オウル(Project Owl)、ウクライナ・ラジオ・ウォッチャーズ(Ukranian Radio Watchers)、NSRIC(Numbers Stations Research and Information Center)などである。

akimoto20220615ukraine-2.png

nytimes.comより

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米側の要請あれば、加藤財務相が為替協議するだろう=

ワールド

次回関税協議で具体的前進得られるよう調整加速を指示

ワールド

イスラエル、ガザで40カ所空爆 ハマスが暫定停戦案

ワールド

ロープウエーのゴンドラ落下、4人死亡 ナポリ近郊
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 2
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判もなく中米の監禁センターに送られ、間違いとわかっても帰還は望めない
  • 3
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はどこ? ついに首位交代!
  • 4
    米経済への悪影響も大きい「トランプ関税」...なぜ、…
  • 5
    紅茶をこよなく愛するイギリス人の僕がティーバッグ…
  • 6
    トランプ関税 90日後の世界──不透明な中でも見えてき…
  • 7
    ノーベル賞作家のハン・ガン氏が3回読んだ美学者の…
  • 8
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 9
    今のアメリカは「文革期の中国」と同じ...中国人すら…
  • 10
    トランプが「核保有国」北朝鮮に超音速爆撃機B1Bを展…
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止するための戦い...膨れ上がった「腐敗」の実態
  • 3
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 6
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 7
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 8
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中