英米シンクタンク、NATO軍・米軍、ベリングキャット──対ロシア情報戦の裏側
米国では、それまで一般に名前すら知られていなかったISWがほぼ毎日、実際の戦況や今後の見通しを分析し、ネット上で発信している。これを受けて、世界のほとんどのメディアが、ISWの戦況分析をもとにウクライナ戦争の進捗を報道している。
本来は一つのシンクタンクでしかないISWの報告はまるで米国防総省が毎日行っているブリーフィングのように正確であり、実際、その情報をベースにメディアは国防総省の記者会見に臨んでいる。
このように、ウクライナ戦争では様々な情報をわかりやすく伝えるため、専門家集団のシンクタンクが当局とメディアの間に入って、情報発信の架け橋の役割を果たしている点が注目される。
支援する民間情報産業
情報発信という意味でもう一つ注目されるのは、民間の情報産業が公開情報を徹底的に分析することで、ロシア政府が発信する偽情報やプロパガンダを打ち破ろうとしていることだ。
ウクライナ軍の各部隊や政府など様々な部局がSNSを通じて、戦況など様々な情報を公開している。その量は膨大で、とても一般人が個別に拾い切れるものではない。
また、どの情報も戦争が自軍に有利に進んでいることを強調したいという思惑があるバイアスのかかった情報である。したがって、専門家が情報を精査し、確度の高い情報に絞ってわかりやすく発信することが必要になる。
そこで登場したのが「ベリングキャット(Belling Cat)」である。ネットの公開情報を調査・分析する民間人のグループで、メンバーは世界中に散らばっているとされる。
4月上旬、ロシア軍が撤退した後、ウクライナ軍がブチャに入ると、多くの民間人の遺体が街頭で見つかった。キャリーカートを引きながら家族で移動途中に銃撃された人、自転車に乗っているところを撃たれた人、なかには自宅から路上に引きずり出されて、後ろ手に縛られたまま頭部を撃ち抜かれた人までいた。
こうした事実を、ブチャに入った西側報道機関は単に映像だけではなく、多くの住民に直接インタビューし、証言を得て報道している。
これに対して、ロシア政府は「ウクライナ政府がでっち上げた偽情報で、映像も遺体も偽物だ」と主張して反論した。偽情報の発信をお家芸とするロシアに「フェイクニュース」と批判されること自体、笑止と言えるが、それでもベリングキャットは公開情報をもとにロシアに徹底的に反論した。
この事件について、ロシアは「遺体はロシア軍が撤退した後に置かれ、しかも映像に映っている遺体は生きている人間が遺体のふりをしているだけだ」などと主張し、実際に遺体が動いたとされる動画まで公開した。
これに対して、ベリングキャットは映像に添付されている時間データをもとに遺体はロシア軍がブチャにいた際にすでに街頭にあったことを論証した。また、ロシアが「遺体が動いた」と主張する動画については「カメラの前の車のフロントガラスについた水滴の移動によってそう見えるだけにすぎない」として、画像を見えやすく加工して、ロシアの主張を覆してみせたのである。
ベリングキャットが公開情報の分析(OSINT)を専門としているのに対して、通信情報(SIGINT)を専門に扱うサイトも登場した。
それがシャドウ・ブレイク(ShadowBreak Intl.)やプロジェクト・オウル(Project Owl)、ウクライナ・ラジオ・ウォッチャーズ(Ukranian Radio Watchers)、NSRIC(Numbers Stations Research and Information Center)などである。