最新記事

ウクライナ戦争

英米シンクタンク、NATO軍・米軍、ベリングキャット──対ロシア情報戦の裏側

2022年6月15日(水)16時10分
秋元千明(英国王立防衛安全保障研究所〔RUSI〕日本特別代表)

これらのサイトには、ウクライナ軍やアマチュア無線家などが傍受したと思われる多くのロシア軍の通信が音声として掲載されている。

「早く燃料を持ってこい」「救援の航空機を早くよこせ」などの会話が収録されていて、全体として、ロシア軍の兵站補給のお粗末さや、ロシア兵の士気の低さなどをうかがわせる情報が多い。

そして、なにより、なぜロシア軍はこの時代に簡単に傍受できる一般のアナログ通信を使って交信しているのかという素朴な疑問に突き当たる。

NATO情報筋によれば、その原因はロシア軍の軍事用デジタルトランシーバーに不具合が多く、すべての部隊に配備することができなかったこと、ロシア軍がウクライナの通信施設を完全に破壊してしまったため、ERAと呼ばれるロシアの軍事衛星を介したインターネット回線が利用できなくなってしまったことが主な理由であるという。

一般的に言って軍事作戦では、敵の通信網や電力供給網、道路輸送網など重要な社会インフラは温存し、逆に利用することによって作戦を円滑に進めることが必要である。なんでも無差別に破壊した結果、ロシア軍は自縄自縛に陥ったのである。

そのため、前線のロシア軍部隊の将校は上層部への報告に、ウクライナの通信会社のSIMカード付き携帯電話を使ったり、部隊間の通信には一般の通販サイトで売られている民生用の中国製トランシーバを使っているという。これでは通信の内容がウクライナ側に筒抜けになって当たり前である。

また、戦闘でのロシア軍とウクライナ軍の損害について発信しているのは、軍事情報サイトのオリックス(Oryx)である。

オリックスは政府の発表に加えてSNSなどを通じてネット上に発信された様々な画像や動画を分析し、双方が戦闘で損害を受けた装備を割り出している。

例えば、2022年6月7日の時点で破壊された戦車はロシアが761両、ウクライナが191両と掲載している。

すべての損害が画像情報としてSNSなどに掲載されているわけではないし、ロシア側の損害が多く掲載される傾向もあるだろう。しかし、実数が正確か否かは問題ではなく、傾向をつかむことが重要である。明らかにロシア軍の損害のほうが大きく、苦戦を強いられていることがオリックスのサイトから読み取ることができる。

そして、これらの情報にウクライナ国内で誰でも自由にアクセスできるようにしたのが米国の民間衛星企業、スペースX社である。

スペースX社は軌道上に多くのスターリンク衛星を配置し、衛星回線を運用している。そして、回線をウクライナ軍に提供し、軍事作戦のための通信手段として使うことを認めている。また、電話やネット回線として、一般市民にもスターリンク衛星を使えるように便宜を図っている。

ウクライナ戦争では、ロシアは「ウクライナ政府はNATOが支援するネオナチ政権だ」などとプロパガンダを流布して、ウクライナ侵略を正当化しようとしている。これに対して、ウクライナと西側諸国はこのように、軍と民間が協力して正確な情報を大量に発信し、ロシアの情報戦に対抗しようとしている。

ウクライナ戦争は事実と虚偽、正義と不正義が真正面から衝突する近現代では珍しいわかりやすい戦争であるように思える。

[筆者]
秋元千明(あきもと・ちあき)
英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)日本特別代表。
早稲田大学卒業後、NHK 入局。30 年以上にわたり、軍事・安全保障専門の国際記者、解説委員を務める。東西軍備管理問題、湾岸戦争、ユーゴスラビア紛争、北朝鮮核問題、同時多発テロ、イラク戦争など、豊富な取材経験を持つ。一方、RUSI では1992 年に客員研究員として在籍した後、2009 年、日本人として初めてアソシエイト・フェローに指名された。2012 年、RUSI Japan の設立に伴い、NHKを退職、所長に就任。2019年、RUSI日本特別代表に就任。日英の安全保障コミュニティーに幅広い人脈があり、両国の専門家に交流の場を提供している。大阪大学大学院招聘教授、拓殖大学大学院非常勤講師を兼任する。著書に『戦略の地政学』(ウェッジ)、『復活!日英同盟――インド太平洋時代の幕開け』(CCCメディアハウス)等。

ニューズウィーク日本版 ガザの叫びを聞け
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月2日号(11月26日発売)は「ガザの叫びを聞け」特集。「天井なき監獄」を生きる若者たちがつづった10年の記録[PLUS]強硬中国のトリセツ

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米ウ代表団、今週会合 和平の枠組み取りまとめ=ゼレ

ビジネス

ECB、利下げ巡る議論は時期尚早=ラトビア中銀総裁

ワールド

香港大規模火災の死者83人に、鎮火は28日夜の見通

ワールド

プーチン氏、和平案「合意の基礎に」 ウ軍撤退なけれ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果のある「食べ物」はどれ?
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 6
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 9
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 10
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 5
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 6
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 9
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 10
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中