英米シンクタンク、NATO軍・米軍、ベリングキャット──対ロシア情報戦の裏側
これらのサイトには、ウクライナ軍やアマチュア無線家などが傍受したと思われる多くのロシア軍の通信が音声として掲載されている。
「早く燃料を持ってこい」「救援の航空機を早くよこせ」などの会話が収録されていて、全体として、ロシア軍の兵站補給のお粗末さや、ロシア兵の士気の低さなどをうかがわせる情報が多い。
そして、なにより、なぜロシア軍はこの時代に簡単に傍受できる一般のアナログ通信を使って交信しているのかという素朴な疑問に突き当たる。
NATO情報筋によれば、その原因はロシア軍の軍事用デジタルトランシーバーに不具合が多く、すべての部隊に配備することができなかったこと、ロシア軍がウクライナの通信施設を完全に破壊してしまったため、ERAと呼ばれるロシアの軍事衛星を介したインターネット回線が利用できなくなってしまったことが主な理由であるという。
一般的に言って軍事作戦では、敵の通信網や電力供給網、道路輸送網など重要な社会インフラは温存し、逆に利用することによって作戦を円滑に進めることが必要である。なんでも無差別に破壊した結果、ロシア軍は自縄自縛に陥ったのである。
そのため、前線のロシア軍部隊の将校は上層部への報告に、ウクライナの通信会社のSIMカード付き携帯電話を使ったり、部隊間の通信には一般の通販サイトで売られている民生用の中国製トランシーバを使っているという。これでは通信の内容がウクライナ側に筒抜けになって当たり前である。
また、戦闘でのロシア軍とウクライナ軍の損害について発信しているのは、軍事情報サイトのオリックス(Oryx)である。
オリックスは政府の発表に加えてSNSなどを通じてネット上に発信された様々な画像や動画を分析し、双方が戦闘で損害を受けた装備を割り出している。
例えば、2022年6月7日の時点で破壊された戦車はロシアが761両、ウクライナが191両と掲載している。
すべての損害が画像情報としてSNSなどに掲載されているわけではないし、ロシア側の損害が多く掲載される傾向もあるだろう。しかし、実数が正確か否かは問題ではなく、傾向をつかむことが重要である。明らかにロシア軍の損害のほうが大きく、苦戦を強いられていることがオリックスのサイトから読み取ることができる。
そして、これらの情報にウクライナ国内で誰でも自由にアクセスできるようにしたのが米国の民間衛星企業、スペースX社である。
スペースX社は軌道上に多くのスターリンク衛星を配置し、衛星回線を運用している。そして、回線をウクライナ軍に提供し、軍事作戦のための通信手段として使うことを認めている。また、電話やネット回線として、一般市民にもスターリンク衛星を使えるように便宜を図っている。
ウクライナ戦争では、ロシアは「ウクライナ政府はNATOが支援するネオナチ政権だ」などとプロパガンダを流布して、ウクライナ侵略を正当化しようとしている。これに対して、ウクライナと西側諸国はこのように、軍と民間が協力して正確な情報を大量に発信し、ロシアの情報戦に対抗しようとしている。
ウクライナ戦争は事実と虚偽、正義と不正義が真正面から衝突する近現代では珍しいわかりやすい戦争であるように思える。
[筆者]
秋元千明(あきもと・ちあき)
英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)日本特別代表。
早稲田大学卒業後、NHK 入局。30 年以上にわたり、軍事・安全保障専門の国際記者、解説委員を務める。東西軍備管理問題、湾岸戦争、ユーゴスラビア紛争、北朝鮮核問題、同時多発テロ、イラク戦争など、豊富な取材経験を持つ。一方、RUSI では1992 年に客員研究員として在籍した後、2009 年、日本人として初めてアソシエイト・フェローに指名された。2012 年、RUSI Japan の設立に伴い、NHKを退職、所長に就任。2019年、RUSI日本特別代表に就任。日英の安全保障コミュニティーに幅広い人脈があり、両国の専門家に交流の場を提供している。大阪大学大学院招聘教授、拓殖大学大学院非常勤講師を兼任する。著書に『戦略の地政学』(ウェッジ)、『復活!日英同盟――インド太平洋時代の幕開け』(CCCメディアハウス)等。
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