世界が忘れた「中印」衝突の危機──振り上げられた「習近平の拳」の行方は
THE CLASH OF ASIA’S TITANS
一つ確かなことがある。インドがこうした状況に陥った原因は、国境付近での中国の軍事活動に対して、政治指導者も軍部もしっかりと注意を払わなかったことだ。
それどころかインドのモディ首相は習に懸命に擦り寄り、20年5月の衝突までの5年半に18回も首脳会談を行っている。17年に印中両軍が国境地帯で2カ月以上にわたってにらみ合う事態に陥っても、この姿勢を改めようとしなかった。
ある意味で中国の領土拡張主義は、ロシアがウクライナに仕掛けた通常戦争をより狡猾に、より広範囲で、より緩慢に行うものだ。ロシアと同じく習の新帝国主義も、国際的な反発を招く可能性がある。
既にインド太平洋の国々は中国の行動を見て、軍事力の強化とアメリカなどとの軍事協力を進めている。中国を中心とするアジアを形成し、ひいては中国が世界に君臨することを目指す習の野望に、これらの動きが横やりを入れるだろう。
習はヒマラヤで戦略的な失態を演じたと自ら認識するかもしれない。だが中国共産党の指導者として前例のない3期目続投を目指す今、彼に軌道修正する余地はほとんどない。その代償は、ひたすら積み重なっていくだろう。
ブラマ・チェラニ
Brahma Chellaney
インドにおける戦略研究・分析の第一人者。インド政策研究センター教授、ロバート・ボッシュ・アカデミー(ドイツ)研究員。『アジアン・ジャガーノート』『水と平和と戦争』など著書多数。