最新記事

ウクライナ戦争

マリウポリ制圧でロシアが「大勝利」と言ったとき、何が起こるのか

A Propaganda Win for Russia

2022年4月25日(月)18時20分
エイミー・マッキノン(フォーリン・ポリシー誌記者)

マリウポリはアゾフ海に面した戦略的要衝だ。そこから北上すれば、ロシア軍はハルキウ(ハリコフ)から下りてくる部隊と合流できる。

「マリウポリを通らなければ北へは進めない」と指摘するのはランド研究所のサミュエル・チャラップだ。またマリウポリはクリミアとドンバス地方の結節点ともなる。

プーチンは今回の軍事侵攻に先立ち、2014年に親ロシア勢力が決起し、ウクライナからの離脱を宣言したドネツクとルハンスクの「独立を承認」すると宣言している。

しかも、その領土は現時点で親ロシア派が押さえているウクライナ東端の孤立した地域をはるかに越え、ドネツクとルハンスクの全域に及ぶとしている。

大方のアナリストは、プーチン政権の狙いはこの両地域の完全掌握にあるとみている。そうすれば和平交渉の場で、両地域を切り札として使えるからだ。

また首都攻略・政権転覆という当初の目的は果たせなくても、国内向けに一定の勝利を宣言する根拠にもなるだろう。

マリウポリの攻略は、ロシア本土とクリミア半島をつなぐ陸の回廊を構築する上でも欠かせない目標だった。

「ロシアがマリウポリを欲しがる理由はいくつもあるが、その1つはドンバスからクリミアに通じる陸の回廊を確保することだ」と、米国防当局の高官も認めている。

マリウポリの制圧はロシア軍にとって好材料だが、それがドンバス全域における今後の戦闘に決定的な影響を与えるとは限らない。アナリストによれば、想定外の抵抗にたじろぎ、傷つき、多くの仲間を失ったロシア兵の士気を高めるのは容易なことではない。

マリウポリはもう何週間も、ほぼ完全に外部から遮断されている。だから現地の詳細な情報を得ることは難しい。

だがウクライナにおけるロシア軍の無差別な武力行使と、首都近郊のブチャなどで多くの住民を「処刑」してきた事実を見れば、この港湾都市で起きていた惨劇のすさまじさは容易に想像できる。

実際、ウクライナ政府はマリウポリでの死者数が既に2万人を超えているだろうと懸念している。

しかし残虐行為を記録し、責任者を裁くために必要な法医学的証拠を集めるのは、ロシアの支配下では不可能だ。

「理想的には、遺体の回収と分析が可能になるまで、遺体発見現場は封鎖しておくべきだ」と、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチのヨーロッパ・中央アジア部門副部長のレイチェル・デンバーは言う。

また弾道ミサイルの専門家が現地入りし、使用された武器の種類や発射された方角、過剰な武力行使の痕跡を検証することも重要になる。

「重大な懸念がある。遺体の回収は、爆撃や砲撃による民間人の犠牲者数を推定するために必要だが、それで終わりではない。さらに遺体を法医学的に検査し、どんな方法で処刑され、どんな暴行を受けたのかを明らかにすべきだ」

From Foreign Policy Magazine

kawatobook20220419-cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス) ニューズウィーク日本版コラムニストの河東哲夫氏が緊急書き下ろし!ロシアを見てきた外交官が、ウクライナ戦争と日本の今後を徹底解説します[4月22日発売]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

マスク氏、政権ポストから近く退任も トランプ氏が側

ワールド

ロ・ウクライナ、エネ施設攻撃で相互非難 「米に停戦

ビジネス

テスラ世界販売、第1四半期13%減 マスク氏への反

ワールド

中国共産党政治局員2人の担務交換、「異例」と専門家
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台になった遺跡で、映画そっくりの「聖杯」が発掘される
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 6
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 7
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 8
    博士課程の奨学金受給者の約4割が留学生、問題は日…
  • 9
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 10
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 7
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 8
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 9
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 10
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中