マリウポリ制圧でロシアが「大勝利」と言ったとき、何が起こるのか
A Propaganda Win for Russia
マリウポリはアゾフ海に面した戦略的要衝だ。そこから北上すれば、ロシア軍はハルキウ(ハリコフ)から下りてくる部隊と合流できる。
「マリウポリを通らなければ北へは進めない」と指摘するのはランド研究所のサミュエル・チャラップだ。またマリウポリはクリミアとドンバス地方の結節点ともなる。
プーチンは今回の軍事侵攻に先立ち、2014年に親ロシア勢力が決起し、ウクライナからの離脱を宣言したドネツクとルハンスクの「独立を承認」すると宣言している。
しかも、その領土は現時点で親ロシア派が押さえているウクライナ東端の孤立した地域をはるかに越え、ドネツクとルハンスクの全域に及ぶとしている。
大方のアナリストは、プーチン政権の狙いはこの両地域の完全掌握にあるとみている。そうすれば和平交渉の場で、両地域を切り札として使えるからだ。
また首都攻略・政権転覆という当初の目的は果たせなくても、国内向けに一定の勝利を宣言する根拠にもなるだろう。
マリウポリの攻略は、ロシア本土とクリミア半島をつなぐ陸の回廊を構築する上でも欠かせない目標だった。
「ロシアがマリウポリを欲しがる理由はいくつもあるが、その1つはドンバスからクリミアに通じる陸の回廊を確保することだ」と、米国防当局の高官も認めている。
マリウポリの制圧はロシア軍にとって好材料だが、それがドンバス全域における今後の戦闘に決定的な影響を与えるとは限らない。アナリストによれば、想定外の抵抗にたじろぎ、傷つき、多くの仲間を失ったロシア兵の士気を高めるのは容易なことではない。
マリウポリはもう何週間も、ほぼ完全に外部から遮断されている。だから現地の詳細な情報を得ることは難しい。
だがウクライナにおけるロシア軍の無差別な武力行使と、首都近郊のブチャなどで多くの住民を「処刑」してきた事実を見れば、この港湾都市で起きていた惨劇のすさまじさは容易に想像できる。
実際、ウクライナ政府はマリウポリでの死者数が既に2万人を超えているだろうと懸念している。
しかし残虐行為を記録し、責任者を裁くために必要な法医学的証拠を集めるのは、ロシアの支配下では不可能だ。
「理想的には、遺体の回収と分析が可能になるまで、遺体発見現場は封鎖しておくべきだ」と、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチのヨーロッパ・中央アジア部門副部長のレイチェル・デンバーは言う。
また弾道ミサイルの専門家が現地入りし、使用された武器の種類や発射された方角、過剰な武力行使の痕跡を検証することも重要になる。
「重大な懸念がある。遺体の回収は、爆撃や砲撃による民間人の犠牲者数を推定するために必要だが、それで終わりではない。さらに遺体を法医学的に検査し、どんな方法で処刑され、どんな暴行を受けたのかを明らかにすべきだ」
『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス) ニューズウィーク日本版コラムニストの河東哲夫氏が緊急書き下ろし!ロシアを見てきた外交官が、ウクライナ戦争と日本の今後を徹底解説します[4月22日発売]