アカデミー賞「ビンタ」騒動、黒人男性が絡むと些細な暴力事件も炎上するアメリカ社会
Don’t Blow Up This Slap
スミス(右)はアカデミー賞授賞式でロック(左)に平手打ちを食らわせた BRIAN SNYDERーREUTERS
<人種問題や女性差別などと結び付けた解釈があふれたが、事の本質は侮辱されたと感じた男性が暴力に走っただけのこと>
俳優のウィル・スミスがアカデミー賞授賞式で「平手打ち事件」を起こす1カ月前、やはりアメリカ中の関心を集めた平手打ち事件があった。
騒ぎが起こったのは、大学バスケットボールのミシガン大学とウィスコンシン大学の試合直後。敗れたミシガン大学のヘッドコーチを務めるジュワン・ハワードが、ウィスコンシン大学のヘッドコーチ、グレッグ・ガードに向かって「あれは忘れないからな」と悪態をついた。
「あれ」とは、ウィスコンシン大学の勝利が確実になった試合終了直前にガードがタイムアウトを取ったこと。試合の流れを止めようとするもので、勝利が確実な段階でやるのはスポーツマンシップに反するという主張だった。
この一言が両チームの小競り合いに発展。興奮したハワードが、ウィスコンシン大学アシスタントコーチのジョー・クラッベンホフトに平手打ちを食らわせた。だが程なく双方とも落ち着きを取り戻し、大乱闘には至らなかった。
3月27日のアカデミー賞授賞式でスミスが壇上に乱入したとき、筆者はこの2月の騒ぎを思い出していた。
築き上げたイメージを自らぶち壊したスミス
アカデミー賞の騒動のきっかけをつくったのは、長編ドキュメンタリー賞のプレゼンターとして登場したコメディアンのクリス・ロック。彼はスミスの妻ジェイダ・ピンケット・スミスの坊主頭をネタにして、デミ・ムーアが短い髪で出演している映画『G・I・ジェーン』の「続編が楽しみ」と口を滑らせた。
するとスミスが早足で壇上に向かった。何が起こったのか周囲が理解できないうちに、彼はロックの横っ面をひっぱたいていた。ロックはとっさに「スミスにビンタされちゃったよ!」と反応。明らかに動揺していたが、どうにかその場を切り抜けた。
この展開は、マンネリ化した授賞式を何とかしようという演出にも思えた。だがスミスは席に戻ると、ロックに向かって「おまえの汚い口で妻の名を呼ぶな!」と2度怒鳴りつけた。演出ではないことは、この時点ではっきりした。
スミスは自ら築き上げたイメージを、誰にも想像できない劇的な方法でぶち壊した。彼はこの後、テニス界のスターであるウィリアムズ姉妹の父親を演じた『ドリームプラン』で、主演男優賞を獲得。受賞スピーチでは自らが演じた父親を「家族を徹底的に守った人」と表現し、自分を彼になぞらえようとしたが、言い訳がましくて効果的な釈明にはならなかった。