ブタからヒトへの「心臓移植」を成功させた医師本人が語る、医療技術と生命倫理
“I Transplanted a Pig Heart”
ほかに選択肢がなく、心臓移植なしでは退院の見込みもなかったため、私はある可能性を考え始めた。当局の緊急許可を得て、遺伝子操作したブタの心臓を移植できるのではないか――。
「うまくいくと思うなら、行動あるのみだ」。スターズルはそんなモットーを掲げる人々の1人だった。私も彼らと同じ闘士になろうと決めた。
デービッドは大勢の医療専門家の診察を受け、これから同意を求められるものについて正確に理解できているか、精神科医4人が確認した。これらの点をクリアしなければ、手術に向かうことはできない。
手術後、デービッドに犯罪歴があると報道されたが、私は何も知らず、本人に尋ねることもなかった。私たちは患者の前科を調べたりしない。それは倫理に反する行為だ。
デービッドの同意を得た後には、移植許可の取得という次のハードルが待っていた。協力企業のリビビコールは、遺伝子操作した心臓を「機器」でなく「医薬品」に分類している。そのため、私たちは未承認の医薬品を使用する臨床試験として申請を行った。昨年12月20日のことだ。
米食品医薬品局(FDA)の見識には感心した。重大な意味を持つ事例であり、悪い知らせを覚悟していたが、12月31日に申請を承認するという電子メールを受け取った。
1月7日金曜日。私は緊張していた。今日の手術の結果に、多くのことが懸かっているからだ。成功を予想した人はいなかっただろうが、モヒウディンと私だけは違った。
手術室には歓喜が満ちた
手術開始前、これから行うことと、それが患者を超えた広い範囲にもたらす影響について黙想してほしいと、担当チーム全員に頼んだ。彼らとそうした瞬間を分かち合えたのは貴重な体験だ。
午前8時に始まった手術は午後5時頃まで続いた。移植したブタの心臓に人間の血液を流す瞬間は厳粛な気持ちになった。クランプを取り外し、微量の電流を与えた。心臓が動きだした。何人かは涙を浮かべ、畏敬の念が広がった。心臓が正常に収縮し始めると、手術室には歓喜が満ちた。
デービッドは翌朝までとても安定した状態で、その後はよくなる一方だった。手術3日後に心臓超音波検査を行ったところ、極めて良好な収縮機能が確認できた。
手術の翌朝、すぐにデービッドは意識を回復した。「新しい心臓が入ったよ」と話し掛けると、私を見て「ありがとう」と言った。涙が出た。シンプルだが、心がこもった特別な一言だった。1月10日には人工心肺装置を外した。