渦中のウクライナ大統領が「まだ大丈夫」と、アメリカに不満顔の理由
Kyiv's Domestic Worries
だが、そこには親ロ勢力の武装解除や、国境管理のウクライナ政府への返還に加えて、戦争犯罪を犯していない親ロ勢力司令官を一切の罪に問わないことや、ウクライナ法に基づく住民投票の実施などが定められていた。
この地域はロシア系住民が多いため、住民投票を実施すれば、クリミアのように「ロシアへの再編希望」が過半数を占める恐れがある。そうなれば「住民の民主的選択を尊重する」という口実で、ロシアに強引に再編されかねない。
それにウクライナ国民の大多数にすれば、1万4000人以上の同胞を死に至らしめた反政府勢力の指導者を容赦する気には到底なれない。
ゼレンスキーは、この問題の解決を公約に掲げて2019年の大統領選に勝利した。
だが、自身も南東部のロシア語圏出身のため、1年目は、ロシア政府とひそかに交渉を重ねる一方で、自分の本気度を国民に証明することに終始した。
ウクライナ政府関係者や専門家の中には、バイデンと米外交筋がロシアとの対立激化の悪循環に陥っているとみる向きもある。
ゼレンスキー政権にとって、ミンスク合意履行をめぐる政治的に譲れない一線は世論で決まるが、今後の交渉次第ではしぶしぶ譲歩する可能性もあるという。
しかし過去1カ月のゼレンスキーの発言は一貫性に欠けている。
ロシアとの国境に近い東部の都市ハルキフが占領される恐れがあると危機感を示す一方、アメリカのこれまで以上に執拗な警告に対しては「キエフの街中をロシア軍の戦車が走っているわけではない」と一蹴した。
ウクライナの戦略としては妙に思えるかもしれない。だが、「同盟国」アメリカとのせめぎ合いは理解できる。
アメリカは外交的解決を望むだろうが、ロシアはNATOおよびアメリカに対する要求を高めることについて強気な姿勢を崩さない。そのため、ウクライナに譲歩させることはもちろん、膠着状態に陥っているミンスク合意を実施に移すことさえ、簡単にはいかないはずだ。
「ゼレンスキーは2度、ロシアへの譲歩をにおわせた。まずミンスク合意履行で『シュタインマイヤー案』を受け入れること。次にウクライナ東部のロシア占領地域でロシアの傀儡指導者の役割に関してだ。だが、いずれも世論の猛反発で方針転換せざるを得なかった」とジョン・ハーブスト元駐ウクライナ米大使は指摘する。
国民の反発をなだめつつ、同盟国の顔をつぶさずに敵の強硬化を防ぐというのは難しい綱渡りだ。