最新記事

新型コロナウイルス

偽物か、奇跡の薬か? 「イベルメクチン」の真実

BOGUS OR MIRACLE DRUG?

2021年11月25日(木)18時44分
デービッド・H・フリードマン(科学ジャーナリスト)
イベルメクチン

寄生虫駆除に処方されてきた薬が政治的対立や医療不信の象徴に NICHOLAS EVELEIGH/GETTY IMAGES, PHOTO ILLUSTRATION BY NEWSWEEK

<臨床試験は続行中で有効性は未確認だが、リベラルと保守の対立で論争がヒートアップして冷静な判断が困難に>

決定的な治療法がない病気に効く薬が見つかれば、長年の苦労は全て吹き飛ぶ──英リバプール大学の薬理学者アンドルー・ヒルはHIVに有効な抗ウイルス薬の開発に関わった経験から、そのことをよく知っている。「何百万もの人々の命を救えるんだ。研究者冥利に尽きるよ」

そんなヒルも昨年、イベルメクチンに大いに期待を抱いた1人だ。動物用では40年の使用実績があり、既に特許が切れてジェネリック薬品も販売されている。この薬に新型コロナウイルスの増殖を抑える効果があると、昨年春に複数の研究チームが発表したのだ。

イベルメクチンは人と動物用の抗寄生虫薬として既に量産されているため、新型コロナに有効であれば世界で多くの感染者が救われる可能性がある。ただし、そのためには試験管内だけでなく、臨床でも有効と認められなければならない。

初期の論文の一部はその後、データの不正など数々の問題があることが発覚した。当初は胸を躍らせたヒルも、関連論文を詳細に検討した結果、期待されたほどの効果はなさそうだと結論付けた。

ヒルら科学者や医師、規制当局は新型コロナ感染症の治療薬としてイベルメクチンを推奨していない。こうした消極姿勢に、アメリカでは右派が猛反発している。

リベラル派は「危険なデマ」と

右派に言わせれば、イベルメクチンは新型コロナの「奇跡の特効薬」だ。共和党の一部有力議員は、ワクチンやほかの治療薬で儲けたい大手製薬会社が専門家を抱き込んでイベルメクチンをたたいていると主張。その筆頭であるランド・ポール上院議員は、リベラル派がイベルメクチンの効果を認めないのは、ドナルド・トランプ前大統領を憎むあまり「錯乱した」せいだと決め付けた。

リベラル派も負けてはない。イベルメクチンが新型コロナに効くというのは危険なデマにすぎず、そんなたわ言を真に受けるのは科学不信のいかれた反ワクチン派だけだと、リベラル寄りのメディアは断じている。

「服用者の大半がトランプ支持者であるのは事実だが、メディアはそこに乗じて偏向報道をしている」と、感染症専門医のデービッド・ブルウェアは指摘する。ブルウェアはミネソタ大学の研究者で、イベルメクチンなど新型コロナの治療薬候補の臨床試験の責任者の1人でもある。

今のアメリカでは、科学も左派と右派の政治的対立と無縁ではない。まだ確立された定説がなく、科学者の間で議論が続き、市民や政治家がそれに聞き耳を立てている状況ではなおさらだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 8
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中