最新記事

宗教

イスラム教指導者、裏の顔はテロ組織メンバー インドネシア、宗教関係者らに大きな衝撃

2021年11月19日(金)19時55分
大塚智彦

今年の8月17日にはインドネシア独立記念日に「テロ攻撃」を計画していた容疑で「JI」メンバーらが複数逮捕される事案も起きており、今なお活動中のテロ組織として治安当局が必死にメンバー逮捕、組織壊滅を進めている。

国民各層から厳しい批判

MUIの主要メンバーでもある「ウラマー」はイスラム法学者のことを指す。そしてMUIはインドネシアに複数存在するイスラム教組織や団体の中で、宗教指導者による最高位の組織といわれる。イスラム法学に基づきさまざまな見解、勧告、布告である「ファトワ」を発出したり、イスラム教徒の食事などの禁忌を定める「ハラル(許されたもの)」や「ハラム(許されないもの)」の認証を行う機関として最高の権威をもっている。

そのMUIのファトワ委員会に所属していたアフマッド・ザイン容疑者はイスラム学者として重要なポストにあっただけに、凶悪なテロ組織である「JI」との関連で逮捕されたことはイスラム教指導者層のみならず国民各層の間にも大きな衝撃を与えている。

インドネシアのNGOスタラ民主主義平和研究所のヘンダルティ所長は地元紙テンポに対して「不寛容、過激主義、テロリズムはインドネシアの宗教組織にシステマティックに浸透している。イスラム教の倫理、道徳の最後の砦ともいうべきMUIの内部にアフマド・ザイン容疑者のような人物が紛れ込んでいたという事実に対してMUIは猛省しなくてはならない」と警鐘を鳴らすコメントを寄せた。

揺らぐ権威と価値観

インドネシアは人口世界第4位の約2億7000万人が暮らし、そのうち約88%がイスラム教徒という世界最大のイスラム人口を擁する国家だ。しかし第2次世界大戦後の独立時にイスラム教を国教とはせず、キリスト教、ヒンズー教、仏教なども国家容認の宗教として認める道を選択した。

そうした中で「多様性中の統一」「寛容性の尊重」を国是として民族、人種、宗教、社会階層をまとめることで統一国家としてこれまで紆余曲折はありながらも歩んできた。

しかし近年はイスラム原理主義やイスラム保守派、強硬派の台頭で「多数派であるイスラム教徒の優先」が社会のあちこちで歪みを生み出す結果となっている。

人口の圧倒的多数を占めるイスラム教徒の最高権威の組織である「MUI」の内部にテロ組織の関係者が潜りこんでいたという今回の事件は、そうした「イスラム教の権威」、「寛容性という国家としての価値観」を踏みにじるものとして深刻に受け止められている。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(フリージャーナリスト)
1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

過度な変動への対応、介入原資が制約とは認識してない

ビジネス

米新興EVリビアン第1四半期は赤字拡大、設備改修コ

ビジネス

アングル:米企業のM&A資金、想定利下げ幅縮小で株

ビジネス

円安にはプラスとマイナス、今は物価高騰への対応重要
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 5

    デモを強制排除した米名門コロンビア大学の無分別...…

  • 6

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 9

    中国軍機がオーストラリア軍ヘリを妨害 豪国防相「…

  • 10

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表.…

  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 3

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 4

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 5

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 6

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 7

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 8

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 9

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 10

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中