最新記事

日本政治

【総選挙ルポ】野党敗北のカギは、石原伸晃を破った東京8区にこそあった

2021年11月3日(水)19時13分
石戸 諭(ノンフィクションライター)
立憲民主党の吉田晴美議員

高円寺駅前で演説する立憲民主党の吉田晴美(10月24日)SOICHIRO KORIYAMA FOR NEWSWEEK JAPAN

<10月の衆院選で野党が敗北した理由は、彼らの統一候補が「象徴的勝利」を収めた東京8区にこそ詰まっている──ノンフィクションライターの石戸諭氏が本誌11月9日発売号に寄せるルポから前半部分を先行公開>

石原伸晃の焦り

投開票を明日に控えた2021年10月30日夜のことである。東京8区でもっとも乗降客数が多いJR荻窪駅北口をマイク納めに選んだ自民党の石原伸晃の表情からは、余裕が消えていた。石原は中選挙区時代から数えて10選、この地で30年以上守り続けている政治家である。少数派閥とはいえいまだにトップを務め、かつては総理候補とも呼ばれた。

マイクの使用ができなくなる午後8時まで、自分がいかに杉並区のために働いてきたかを訴え、集まった支援者とグータッチを交わした。午後8時をすぎると、駅前に用意された真っ赤なお立ち台に登った。本人は自身の選挙ビラを持ちながら立ち、子飼いの東京都議・小宮安里ら陣営のスタッフは「石原伸晃」の名前を印象付けようと声を張り上げた。

そして8時23分――足を止める人の数が本人の想定よりも少なかったせいか、彼は苛立ちを隠そうともせず、自ら台を降りた。スタッフに向かって人差し指でここに立つと指示を飛ばし、荻窪駅のエスカレーター前に動いた。

飲食店で働いているとおぼしきドラキュラに仮装した青年の呼びかけに反応する乗降客も、陣営の呼び掛けには反応せず足早に通り過ぎていく。この瞬間に勝負は決していた。

追い詰めたのは立憲民主党の新人、吉田晴美である。彼女が獲得した13万7341票に対し、石原は前回以上とはいえ10万5381票に留まった。立憲代表の枝野幸男が開票後の記者会見で、「自民党が強いところでも接戦に持ち込め、東京8区のように成果を出せたところもある」と強調したように、結果をみれば、たしかに東京8区は象徴的な選挙区だ。

ただし、枝野の認識とは少しばかり意味合いが異なる。自民大物相手に小さな勝利こそあれど、全体では大きく議席を減らした野党大敗の理由がこの選挙区に詰まっているとも言えるからだ。

2年前に始まっていたすれ違い

選挙戦以前から、リベラル系野党は一貫して立憲、共産党を中心に「野党共闘」によって選挙区で一騎打ち構造を作れば、与党を追い詰めることができるという「理想」を語ってきた。

野党共闘を支援する「市民連合」を介して、憲法改正への反対や脱原発といったリベラル色の強い共通政策をまとめて全国213の選挙区で共闘を成立させたのも理想へと近づく一歩、となるはずだった。共闘を主導した枝野の立場からすれば「市民と野党の統一候補」が、大物政治家から議席を奪った東京8区は誇らしい成果になるだろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中