イギリスがAUKUS結成を画策した理由──激変するインド太平洋情勢
確かにフランスは南太平洋に広大な領域を保有しており、定期的に軍艦を派遣して、インド太平洋の安定に貢献をしている。だからフランスも同盟に入れるべきだと主張する意見もあるが、それなら地域の大国である日本やインドも加盟すべきということになる。
とりわけ、日本はインド太平洋戦略を世界で初めて提唱した国であり、一貫してこの分野でのリーダー役を果たしている。その日本がAUKUSに参加していないことをフランスはどう考えているのだろうか。
ただ、いずれにせよフランスは今後もインド太平洋の安定に貢献し続けるだろうし、中国に接近することはないだろう。
フランスはインド太平洋に広大な領域を保有し、その海外領土に150万人以上の市民を抱えている。特にフランスの領域が集中する南太平洋はオーストラリアの前庭に位置しており、オーストラリアとの連携はフランスにとって必要な事だ。
米国の思惑
もう一つ、AUKUSの創設の背景に米国の潜水艦戦略があることを見落としてはならない。
中国の海洋進出に対する米国の抑止力の中心は潜水艦である。特に原潜は長距離を速い速度で移動することができ、長期間潜航したまま隠密活動ができる。
そのため、米国は現在保有している51隻の攻撃型原潜のうち、60パーセントを太平洋に配備している。また、日本の海上自衛隊の潜水艦部隊とも連携することによって、潜水艦戦力では中国を圧倒的に凌駕している。
しかし、その米国の潜水艦戦力も旧型原潜の退役が近い上に、新造艦の建造スペースが遅いこともあって、2020年代の後半から10年程度は、米国の攻撃型原潜の数は42隻にまで落ち込むことが試算されている。実は、米国はその穴埋めとしてオーストラリアの原潜に期待を寄せているのである。
英国政府筋によれば、オーストラリアが現在の通常型潜水艦を南シナ海へ派遣した場合、現地に留まることができる期間はわずか10日間程度であるのに対して、原潜ならほぼ無期限で活動できる。また、日本の沖縄周辺からインド洋までの全域で中国海軍の活動を監視することが可能になるという。
インド太平洋同盟へ
インド太平洋には、もう一つ、QUAD(クアッド)という対話の枠組みがある。日本が主導して始めたもので、米国、オーストラリア、インドが加盟しており、9月には初めての対面形式の首脳会議がホワイトハウスで開催された。首脳会議は今後、毎年開催される予定である。
AUKUSが今後、発展していくにつれて、QUADとどのように連携していくのかが、大きなテーマになるだろう。
英国はQUADへの加盟を検討しているし、日本も将来、AUKUSへの加盟を検討しなくてはならない時期が来るように思う。やがて、インド太平洋では、政治はQUAD、安全保障はAUKUS、経済はCPTPPという役割分担が成立するかもしれない。
歴史を見ればわかるように、同盟は異なった思惑の集合体であるから、必ず離合集散する。これらの枠組みもいつかは統合し、分裂し、さらにNATOや日米同盟もこれらに吸収されることになるかもしれない。
AUKUS、QUAD、CPTPP、それらはやがて一つにまとまり、作り替えられて、将来、インド太平洋同盟として花開く可能性を秘めている。
今、われわれが目にしているのはその始まりにすぎない。
[筆者]
秋元千明(あきもと・ちあき)
英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)日本特別代表。
早稲田大学卒業後、NHK 入局。30 年以上にわたり、軍事・安全保障専門の国際記者、解説委員を務める。東西軍備管理問題、湾岸戦争、ユーゴスラビア紛争、北朝鮮核問題、同時多発テロ、イラク戦争など、豊富な取材経験を持つ。一方、RUSI では1992 年に客員研究員として在籍した後、2009 年、日本人として初めてアソシエイト・フェローに指名された。2012 年、RUSI Japan の設立に伴い、NHKを退職、所長に就任。2019年、RUSI日本特別代表に就任。日英の安全保障コミュニティーに幅広い人脈があり、両国の専門家に交流の場を提供している。大阪大学大学院招聘教授、拓殖大学大学院非常勤講師を兼任する。著書に『戦略の地政学』(ウェッジ)、『復活!日英同盟――インド太平洋時代の幕開け』(CCCメディアハウス)等。
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