イギリスがAUKUS結成を画策した理由──激変するインド太平洋情勢
フランスの反発
また、同盟国のフランスがAUKUSに対して激しい嫌悪を抱いていることも問題だ。ルドリアン仏外相は「裏切り」「侮辱的」なとどいう感情的な言質を用いて、AUKUSは同盟関係に「深刻な危機をもたらす」などと述べ、米国とオーストラリアに駐在する大使を召還する措置をとった。
その後、バイデン大統領とマクロン大統領が話し合った結果、フランスの怒りはいくぶん収まったようにも見えるが、フランスの対応は明らかに過剰反応である。
フランスの憤りはまず、オーストラリアへの通常型のアタック級潜水艦の供与の計画が破棄されたことにあるようだ。
フランスの軍事産業、ナバル・グループは2016年、フランスの原子力潜水艦をディーゼル推進の通常型潜水艦に改修し、12隻をオーストラリアに供与する計画だった。しかし、計画は2020年1月の段階で9カ月以上の遅れが生じていた。また、費用も当初の500億豪ドル(4.1兆円)から900億豪ドル(7.3兆円)にまで膨らんでいた。
このままだと次期潜水艦の就役は2030年代半ばになり、計画より10年も遅れてしまうことになる。それでは、オーストラリアが現在保有している旧式潜水艦が退役する2020年代の半ばには間に合わないから、オーストラリアはその後、最長10年にわたって潜水艦を失う可能性すら出てきたのである。
これはオーストラリアの安全保障にとって看過できない問題であり、オーストラリアはフランスとの取り引きを見直すことを決断した。
契約のキャンセルは違約金を払えば他方の同意がなくてもできることが契約に盛り込まれており、今回のオーストラリアの決断は法的には問題はない。「そうかもしれないが、事前に協議があってもいいではないか」というのがフランスの言い分であろう。とんびならぬ米英に油揚げをさらわれたことが気に入らないのだろう。
ただ、一般的に言って、国家が民間企業に発注した兵器の調達をコストの問題や開発の遅れから、途中で計画を見直したり、破棄することは米国や欧州の国々では一般的に良く行われていることであり、納税者が支出した税金の適正利用という観点では正しいことである。
しかし、今回のフランスの憤りはどうも潜水艦契約の破棄だけにあるのではなく、AUKUSからフランスが排除されたことに起因している面もあるように思える。
そうだとしたら、これは不可思議である。もし、これが欧州の同盟なら、フランスを除外した同盟などありえないし、フランスが憤るのも無理はない。しかし、AUKUSはインド太平洋、つまりアジアの同盟である。
その地域に、アングロサクソンの血盟とも言えるファイブアイズ(英国、米国、カナダ、ニュージーランド、オーストラリアの情報共有組織)を母体として、英米豪が創設したものがAUKUSであり、将来は加盟国を拡大していくことも視野に入れている。初めの段階からフランスが加盟していなくてはならない理由はない。