最新記事

AUKUS

イギリスがAUKUS結成を画策した理由──激変するインド太平洋情勢

2021年10月8日(金)15時50分
秋元千明(英国王立防衛安全保障研究所〔RUSI〕日本特別代表、大阪大学大学院招聘教授)

フランスの反発

また、同盟国のフランスがAUKUSに対して激しい嫌悪を抱いていることも問題だ。ルドリアン仏外相は「裏切り」「侮辱的」なとどいう感情的な言質を用いて、AUKUSは同盟関係に「深刻な危機をもたらす」などと述べ、米国とオーストラリアに駐在する大使を召還する措置をとった。

その後、バイデン大統領とマクロン大統領が話し合った結果、フランスの怒りはいくぶん収まったようにも見えるが、フランスの対応は明らかに過剰反応である。

フランスの憤りはまず、オーストラリアへの通常型のアタック級潜水艦の供与の計画が破棄されたことにあるようだ。

フランスの軍事産業、ナバル・グループは2016年、フランスの原子力潜水艦をディーゼル推進の通常型潜水艦に改修し、12隻をオーストラリアに供与する計画だった。しかし、計画は2020年1月の段階で9カ月以上の遅れが生じていた。また、費用も当初の500億豪ドル(4.1兆円)から900億豪ドル(7.3兆円)にまで膨らんでいた。

このままだと次期潜水艦の就役は2030年代半ばになり、計画より10年も遅れてしまうことになる。それでは、オーストラリアが現在保有している旧式潜水艦が退役する2020年代の半ばには間に合わないから、オーストラリアはその後、最長10年にわたって潜水艦を失う可能性すら出てきたのである。

これはオーストラリアの安全保障にとって看過できない問題であり、オーストラリアはフランスとの取り引きを見直すことを決断した。

契約のキャンセルは違約金を払えば他方の同意がなくてもできることが契約に盛り込まれており、今回のオーストラリアの決断は法的には問題はない。「そうかもしれないが、事前に協議があってもいいではないか」というのがフランスの言い分であろう。とんびならぬ米英に油揚げをさらわれたことが気に入らないのだろう。

ただ、一般的に言って、国家が民間企業に発注した兵器の調達をコストの問題や開発の遅れから、途中で計画を見直したり、破棄することは米国や欧州の国々では一般的に良く行われていることであり、納税者が支出した税金の適正利用という観点では正しいことである。

しかし、今回のフランスの憤りはどうも潜水艦契約の破棄だけにあるのではなく、AUKUSからフランスが排除されたことに起因している面もあるように思える。

そうだとしたら、これは不可思議である。もし、これが欧州の同盟なら、フランスを除外した同盟などありえないし、フランスが憤るのも無理はない。しかし、AUKUSはインド太平洋、つまりアジアの同盟である。

その地域に、アングロサクソンの血盟とも言えるファイブアイズ(英国、米国、カナダ、ニュージーランド、オーストラリアの情報共有組織)を母体として、英米豪が創設したものがAUKUSであり、将来は加盟国を拡大していくことも視野に入れている。初めの段階からフランスが加盟していなくてはならない理由はない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ハセット氏のFRB議長候補指名、トランプ氏周辺から

ビジネス

FRBミラン理事「物価は再び安定」、現行インフレは

ワールド

ゼレンスキー氏と米特使の会談、2日目終了 和平交渉

ビジネス

中国万科、償還延期拒否で18日に再び債権者会合 猶
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 6
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 7
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 8
    世界の武器ビジネスが過去最高に、日本は増・中国減─…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 2
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 5
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 6
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 7
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 8
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中