最新記事
言論

現在の論壇はイデオロギーから脱却しすぎて著者の顔が見えなくなっている

2021年8月4日(水)12時00分
猪木武徳(大阪大学名誉教授)※「アステイオン」ウェブサイトより転載

今回、『アステイオン』の感想を求められたので、ここまで述べてきた視点から、印象程度のことになるが、感じたところを記しておきたい。

まずは、田所昌幸氏を委員長とする編集委員会諸氏のご努力で、優れた(達者な)書き手による論考が集まったことは喜ばしい。ただ、書き手の専門分野が異なることもあって、特集テーマ「再び『今、何が問題か』」がテーマとして「縛り」が弱かったように思う。

こうした一般的な問いかけ(テーマ)に対する応答は、分野により、問題の大小、複雑さと困難さが異なるため集めると一様感は生まれにくい。もう少しテーマを絞り込んでもよかったのではないか。役者はそろえたのだが、ひとつの舞台に登場してもらうには多様かつ人数が多すぎて「密」になった感は否めない。

様々な分野の論文を、統一感を持ってどのように読者に示すのかは容易ではない。『アステイオン』は、昔の総合雑誌(特に戦前の『中央公論』や『改造』)のように、政治も経済も、そして世相も文学も芸術も、洗練された視点から知ることができる点が大きな魅力のひとつだ。現代の諸問題のポイントが一冊で分かるというのは重要だ。

専門が分化し、「自分の世界が一番重要だ」と考えてしまう専門主義は健全な精神を生まない。だが、そうならないための工夫は簡単ではない。最近読む機会はほとんどなくなったが、米国のNew Yorker などもその辺のバランスを取ることに細心の注意を払ってきたようだ。こうした他分野横断的な雑誌に、どのような構造(端的には目次)を与えるかが成否を分けるとも言える。

さらに望蜀の感を承知でつけ加えれば、海外の知識人、特に外国の社会や文化、特に文学や芸術分野の知識人の発言について紹介するようなスペースがもっとあればと思う。国際政治や経済に関しては、米国の「フォーリン・アフェアーズ・リポート」などが日本語で読める。

しかしこれからの日本と東南アジアの関係の重要性を考えると、東南アジアの知識人たちの動向についてのわれわれの知識と理解ははなはだ不十分と言わざるを得ない。

以上要約すると、政治も文学も、そして芸術も取り上げるというこれまでの方針は大事にしてほしいということ、しかしそのプリゼンテーション(構成や、目次、そして特集の組み方)にはいまひとつ工夫が欲しいこと、海外、特に東南アジアの知的風土の現状を理解するためのアンテナも張ってほしいことなどであろうか。

最後に付け加えると、執筆者の年齢幅は広くとり、年齢間で相互に啓発しあえるメディアとしても機能することを期待している。

猪木武徳(Takenori Inoki)
1945年生まれ。京都大学経済学部卒業、マサチューセッツ工科大学大学院修了。大阪大学経済学部教授、国際日本文化研究センター所長、青山学院大学特任教授等を歴任。専門は労働経済学、経済思想、経済史。主な著書に『経済思想』(岩波書店、サントリー学芸賞受賞)、『経済学に何ができるか』(中公新書)、『文芸にあらわれた日本の近代』(有斐閣)、『自由の思想史――市場とデモクラシーは擁護できるか』(新潮選書)など。


※当記事は「アステイオン」ウェブサイトからの提供記事です。

asteionlogo200.jpg


アステイオン94
 特集「再び『今、何が問題か』」
 公益財団法人サントリー文化財団
 アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中