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ドキュメント 癌からの生還

マクドナルド化する医療「それが、あなたに最適な治療なのか?」

AT A CRITICAL POINT

2021年7月21日(水)11時45分
金田信一郎(ジャーナリスト)

当然の帰結として、医師と患者との間に、深い溝ができていく。

浜松オンコロジーセンター院長で内科全般や癌治療に当たる渡辺亨は、地域住民の治療や医療相談を受ける傍ら、医療情報サイトを開設して多くの癌患者や家族と交流してきた。そして、こう警鐘を鳴らす。

「患者の間に、医者に対する不満が渦巻いている。その原因は、医師のコミュニケーション能力の低下にある。患者がどんな医療を求めているのか、一緒に話し合って決めることができない」

患者が動けば未来は変わる

マニュアル化された医療を続けた弊害──。それは近い将来、大きな修正を迫られるかもしれない。海の向こうでは既に変化が起きている。

1990年代のエビデンス革命が欧米を覆ったあと、2000年代に揺り戻しのごとく「ナラティブ(物語)に基づいた医療(NBM)」が英国を起点に広がっていった。NBMとは、患者が語る「病の物語」という主観的体験に基づいた治療を指す。医師が患者と対話し個別対応する必要性を訴え、臓器ごとの最適医療だけでは患者の病理は改善しないケースがあると指摘した。

変化を決定付ける論文も発表される。2016年、「エビデンス医療の成果と限界」と題された論文が英インペリアル・カレッジ・ロンドンから発表された。その趣旨はこうだ。

世界の主要な疾患では先端医療が進んだが、患者の少ない難病には焦点が当てられにくくなっている。それは、大規模な臨床試験でエビデンスを測るには患者がそろわず、コストや時間がかかり過ぎるからだ。「数値基準」や「過去のルール」に縛られていれば、医療の進歩が止まってしまう──。

そして方向転換の議論が沸き上がる。エビデンス医療は当初から、内包するリスクが指摘された。提唱者のサケット自身が、エビデンス医療が「クックブック・メディスン(料理本医療)」として国家や医療保険の経費節減策になることを危惧していた。

日本の医療は、この罠に落ちているのかもしれない。財政緊縮という政府目標のために、標準治療を示す診療ガイドラインが料理のマニュアル本のごとく推奨される。その縮図として、日本人の死亡原因1位の癌の治療現場では、患者の物語を見ない画一的な治療が続いている。

「世界で新しい治療法や薬が開発されているのに、日本の癌治療の現場は昔のまま。その矛盾が破綻寸前のところまで来ている。大きな変革を起こさなければならない」

中村は癌治療を劇的に進化させる現実的なシナリオが必要だという。

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