最新記事

ドキュメント 癌からの生還

マクドナルド化する医療「それが、あなたに最適な治療なのか?」

AT A CRITICAL POINT

2021年7月21日(水)11時45分
金田信一郎(ジャーナリスト)

「そうすると、患者が最初の段階で『放射線治療をやりたい』と言わないといけない、ということですか?」

「そうおっしゃる患者さんもいらっしゃいます。ただわれわれは、『この段階ではまず抗癌剤を受けていただいて、手術することをお勧めします』と説明しています」

1時間の取材の中で、瀬戸は何度となく外科手術の優れた点を強調した。患部を取り除くことができるのは手術だけだ、と。

「例えば88歳の高齢のおじいちゃんが来るとします。そんなときでも、私たちは年齢などはいったん無視して、癌だけを見たときのわれわれの治療方針をお話ししています」

外科手術に絶対の自信を持っている。放射線治療の可能性があるにもかかわらず、高齢者にも6~8時間に及ぶ食道全摘の手術を勧める。なぜなら、年齢やライフスタイルなどは考慮しないからだ。患者が逆提案しない限り、放射線治療という選択肢が示されることなく、手術へと進んでいく。

「病院側から、患者に治療法の選択肢の説明があってもいいと思ったんですが」。そう投げ掛けても、瀬戸は顔色ひとつ変えない。

「金田さんの主張も理解できますし、理想的には患者さん一人一人がしっかりと説明を受けて、自分で治療法を選べるほうがいいと思います。しかし、それを支えるような制度が現在の日本にはないのです」

現在の医療保険制度では、医師が時間を割いて相談や説明をしても、その時間には保険点数がつかない。つまり、コストと労力ばかりが積み重なって病院経営が圧迫される。

それは、医療現場の痛切な訴えではある。しかし、患者に選択肢が示されないことは結果として、他の先進国と比べて特異な状況を生み出すことになる。

日本特有の手術至上主義

こんな調査結果がある。

magSR210721_chart1.jpg

本誌7月27日号「ドキュメント 癌からの生還」特集37ページより

magSR210721_chart2.jpg

本誌7月27日号「ドキュメント 癌からの生還」特集36ページより

先進各国で、肺癌ステージ1期の患者が、どのような治療を受けたか比較したデータだ。数字を見渡すと、欧米では「手術から放射線治療(SBRT)へ」という流れが見て取れる。

アメリカでは手術比率が71.9%(2005年)から60.3%(2012年)に減少し、逆に放射線治療が13.5%から25.8%に上昇している。欧州の調査(2015〜16年)では、オランダで手術が47%に対して、放射線治療が41%と拮抗していることが分かる。

一方、日本の医療は全く様相が異なる。日本の肺癌1期の手術数は3万件(2014年)に上るが、同期間に放射線治療を受けた患者は1600人と全体の5%程度にとどまった。

「その後も、この比率は大きく変化していない」

この比較表を作成した大船中央病院放射線治療センター長(放射線医師)の武田篤也は、危機感を覚えている。日本の放射線治療が、欧米諸国に比べて劣っているわけではない。「もっと放射線治療のメリットを広めていかないと、『癌は切除するもの』が常識となって、本来、放射線を受けたかった人が手術に回されていく」

なぜ、日本だけが手術に偏った治療を続けているのか。外科の力が強く、「癌は切除したほうがいい」という考え方が根強いという理由だけではない。その背景には、医療を硬直化させている構図がある。

その原点をたどっていくと、ある転換点が浮かび上がってくる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮の金与正氏、韓国の関係改善期待を幻想と一蹴

ワールド

トランプ氏、中国は米国製品に「市場を開放できる」

ワールド

ベネズエラ石油増産に時間、利益は当面限定的=IEA

ワールド

米電力消費、今年と来年も過去最高更新へ EIA予想
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:総力特集 ベネズエラ攻撃
特集:総力特集 ベネズエラ攻撃
2026年1月20日号(1/14発売)

深夜の精密攻撃でマドゥロ大統領拘束に成功したトランプ米大統領の本当の狙いは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    母親が発見した「指先の謎の痣」が、1歳児の命を救った...実際の写真を公開、「親の直感を信じて」
  • 3
    飛行機内で「マナー最悪」の乗客を撮影...SNS投稿が話題に 「なぜこれが許されると思えるのか」
  • 4
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    Netflix『ストレンジャー・シングス』最終シーズンへ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 8
    「お父さんの部屋から異臭がする」...検視官が見た「…
  • 9
    「高額すぎる...」ポケモンとレゴのコラボ商品に広が…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 3
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 4
    中国が投稿したアメリカをラップで風刺するAI動画を…
  • 5
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 6
    Netflix『ストレンジャー・シングス』最終シーズンへ…
  • 7
    次々に船に降り立つ兵士たち...米南方軍が「影の船団…
  • 8
    ベネズエラの二の舞を恐れイランの最高指導者ハメネ…
  • 9
    母親が発見した「指先の謎の痣」が、1歳児の命を救っ…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 3
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 4
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 5
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 6
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 7
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 8
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 9
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中