最新記事

現代史

前世代の先輩たちがいつの間にか姿を消していった──氷河期世代と世代論

2021年7月1日(木)17時20分
池内 恵(東京大学先端科学技術研究センター教授)※アステイオン94より転載

そのような前提で、冷戦構造の中での「中東問題」を見てきた上の世代の語る中東論には、私が歴史書の中の出来事として読む事象を、同時代に体験してきたという揺るぎのない強みがあると共に、冷戦後の新たな前提や状況を理解しにくくなる、どうしようもない古臭さの両方を感じ取らざるを得なかった。上の世代との頻繁な対話のたびに、尊敬と苛立ちを強く感じたものである。

いつまでも立ち退かないように見えた、どこにでも出てくるように見えたそのような前世代の先輩たちが、2010年代に、私が「アラブの春」と「イスラーム国」に忙殺されて日々を過ごしているうちに、いつの間にか姿を消していった。

代わりに目の前に現れるのは、「一番最初に読んだ中東についての本が、池内さんの『現代アラブの社会思想』です」と言う若手研究者や、「『中東 危機の震源を読む』を雑誌の連載で、本でも愛読していました」と言ってくる新聞記者である。もちろんそのように言ってもらえるのは嬉しいことである。

しかし2点で寂しさがよぎる。1つは、結局は、私は上の世代の中東認識を変えることができなかった、という徒労感である。

かつては冷戦期の枠組みによって規定された中東問題に基づく認識が支配的であった。それに対して、私はポスト冷戦期の現実に基づいて、挑戦した(と、今となってはまとめられてしまう)。その挑戦を上の世代の一部は受けて立ってくれたようにも見えるが結局は受け入れたわけでもなさそうであったし、多くは自らの存在を否定されたかのように拒絶した。

私にとっては、「上の世代には見えていない現実と将来見通し」を誰よりも先に、摩擦を乗り越えて示す「ヴィジョナリー」の役割をもっぱら担っていたと言えよう。

現在、冷戦期の枠組みをそのままに中東問題を語る人々は(大学などで制度的に温存・継承されている場合がないではないが)、一般にはほぼいなくなっている。私の示す中東問題の見方に、以前のような強い反対を受けることは無くなった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中