最新記事

教育

学校の職業教育への評価が、日本で特異的に低い理由

2021年6月30日(水)12時00分
舞田敏彦(教育社会学者)
プレゼンテーション

日本の大学の職業教育への学生の評価は中高よりも低い(写真はイメージで記事内容とは関係ありません) SetsukoN/iStock.

<能力より社風に合うかどうかを重視する日本企業のメンバーシップ型雇用が、その大きな要因ではあるが......>

教育は、普通教育と専門教育に分かれる。前者は社会の全成員に求められる資質を育むもので、後者はそれぞれの職業に必要な知識・技術を養う。初等教育では前者に重きが置かれ、中等教育では両者が混在し、高等教育では後者の比重が高くなる。

だが日本の教育は普通教育に偏っていて、専門教育が脆弱との指摘が多くある。たとえば後期中等教育機関の高等学校を見ると、高度経済成長期の1960年では生徒の4割が専門学科(商業科、工業科等)で学んでいたが、現在では2割にまで減少している。裏返すと8割が普通科で、それではあまりに画一的ということで、普通科に類型を設ける案が出されている。

高等学校の目的は「中学校における教育の基礎の上に、心身の発達及び進路に応じて、高度な普通教育及び専門教育を施すこと」(学校教育法第50条)だが、原点に立ち返り、専門教育の性格を強めようという考えだ。大学についても、同様の改革が産業界から要請されている。

日本の学校の専門教育がどれほど機能しているかを、生徒や学生の声から探ってみるとその結果は芳しくない。2018年の内閣府の国際調査では、「現在通っている学校は、仕事に必要な技術や能力を身に付けるうえで意義があるか」と問うている。<図1>は、強い肯定の回答をした中学生、高校生、大学生の割合をグラフにしたものだ。

data210630-chart01.png

日本はどの段階でも、意義を認める生徒・学生の率が低い。中学生は28.3%、高校生は28.7%、大学生は23.2%で、中高生より大学生が低い、という傾向すら出ている。「中→高→大」とコンスタントに評価が上がっていくアメリカとは対照的だ。ドイツは高校で高いが、教育と職業訓練の2本立て(デュアルシステム)のなせる業かもしれない。

日本では将来の希望職が未定の生徒が多いので、「意義がある」と明瞭な評価をしにくかった可能性もある。それに上記の結果をもって、学校を責めるのは筋違いだろう。日本の雇用はメンバーシップ型で、企業は学生が学校で学んだことにあまり関心を持たない。知りたいのは性格にクセがないか、組織の和を乱さないか、長く勤めて自社の色に染まってくれるか、ということで、一緒に働くにふさわしいメンバーを迎え入れることを意図している。

対してジョブ型雇用の欧米では、学校で何を学んだか、何ができるかを徹底して訊かれる。労働者に期待する職務が明瞭で、それを遂行する能力を有しているかを判断する。学校で実践的な専門教育に力が入る所以だ。

日本では入社後に職業訓練を行い、長いことかけて自社の色に染めていく。勤続年数と共に給与をアップさせ、定着のインセンティブを高める仕掛け付きだ。しかし、そういう「丸抱え」のやり方も綻びを見せ始めている。大企業は40代半ば以降の社員のリストラをしているし、経団連も「もはや終身雇用の維持は難しい」という見解を出している。企業も体力がなくなり、学校に専門教育を期待する度合いは高まってくる。

2019年に専門職大学ができたが、こういう時代の変化に即したものと言える。教員の4割を実務家教員にする決まりだが、中等レベルの学校でも、こういう人材がある程度必要になってくるだろう。実践的な専門教育は、大学を出たばかりの22歳の若者には難しい。産業界の経験のある実務家教員の採用枠を設けるべきだ。副業が推奨され、パラレル・キャリアの時代になりつつあるので、社会人講師に教壇に立ってもらうのもいい。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 8
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中