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政治家・菅義偉の「最大の強み」が今、五輪の強行と人心の離反を招く元凶に

An Exit Plan

2021年6月16日(水)19時24分
北島純(社会情報大学院大学特任教授)

菅氏と同じように派閥を批判し無派閥になりながら、結局は水月会(石破派)という自分のムラを復古的に結成した石破茂氏は、他派閥から排撃された。無派閥というポジショニングは、そうした攻撃から身を守る防御術であると同時に、派閥同士の駆け引きから一歩引いている立場であるが故に派閥間の勢力均衡と妥協をもたらすことができる。

このような戦略性を支えるのが、経験主義に基づく帰納的思考、徹底的な情報収集に依拠する政治的決断、実績重視の戦闘的プラグマティズムだ。これが菅氏の思想と行動である。

ところが、そうした菅氏の政治スタイルの有効性がコロナ禍で暗転した。会食に向けられる厳しい目の中で、生きた人的情報を収集することがままならなくなり、他方で新型コロナウイルス感染症対策分科会による制度化された専門家情報の比重が高くなると、情報判断の網羅性に確信が持てなくなる。政治的決断の強度が低減するが、前例となる経験もない。

新型コロナという100年に1度の災難がもたらした混乱が、菅氏が完成させたはずの「型」を揺るがしている。

臨機応変な修正は「型」を破ると忌避

もちろん混乱したのは日本だけではない。しかし真の問題は、菅氏の思想と行動に、政策判断プロセスの隠匿性と実行手段の硬直性が本質的に包含されている点にある。

情報を網羅的に収集し尽くして判断するフェーズは基本的に菅氏自身の内部で完結しており、そこに透明性はない。デュープロセス(適正手続き)と真逆の発想であり、検証が不可能であるという点で熟議型民主政治と相いれない。政策的な決断がなされた後は、たとえ客観的な情勢が変化したとしても、柔軟な修正がされることはまれだ。臨機応変な修正は「型」を破るリスクがある、と忌避すらされる。

入管法改正案はスリランカ人女性の不審死で批判を浴び、あっさりと成立を諦めた。しかし、これは国対政治レベルで法案が手段化したケースであり、本質的な方針転換の例には当たらない。

菅氏が腹をくくった「コロナ禍での五輪開催」という命題については、どれだけ国会の予算委員会で追及されようとも同じ答弁が繰り返され、その硬直性に国民の不満が高まる。平時には菅氏の戦略を支える武器であり、実際に並み居るライバルを圧倒してきた「緻密な情報に立脚した判断の隠密性」と「決断後の猪突猛進性」が今、コロナ禍という乱世にあって皮肉にも菅氏を追い込んでいる。

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