最新記事

民主主義

民主主義は本当に危機にあるのか...データが示す「認知動員」の効果

DEMOCRACY IS NOT DYING

2021年6月4日(金)12時07分
クリスティアン・ウェルツェル(政治学者、独ロイファナ大学教授)

世界各地のデータもこれを裏付けている。政権の民主化度は解放的な価値観に対する国民の支持に比例する傾向がある。70~80年代の同様のデータもこれと同じパターンを示している。興味深いことに、当時は政権が国民の(より解放的な)価値観から大きく「ずれた」独裁的な国々が存在した。アルゼンチン、チリ、チェコスロバキア、東ドイツ、フィリピン、南アフリカ、ウルグアイなどだ。これらの国々はその後全て民主主義に移行している。

今後も価値観が進化し続ける、着実に解放的な方向に向かう、という保証はない。短期の経済的・政治的要因は、インドやハンガリーやポーランドのように、一時的に自由を認めない偏狭な世論を生み出すかもしれない。その結果、現在の世界的な民主主義の後退の中で目に付くように、政権が独裁色を強める可能性はある。しかし、それらは例によって遠回りや脱線であって、より広い世論や考え方や価値観にあらがう、取り返しのつかない衰退ではないことを理解すべきだ。

権威主義的民主主義の限界

さらに、独裁政権は必ずしも近代化とそれに伴う解放的な価値観の台頭の前に無策とは限らない。独裁者とポピュリストは解放的な価値観を葬り去るべく、愛国主義と宗教の下に国家の命運と地政学的使命にまつわる物語を作り出す。

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は正教会の伝統を欧米の堕落に対する防壁とする「主権民主主義」の指導者を自負し、中国の習シー・チンピン近平国家主席は一党支配を中国の発展の要と絶賛する(経済成長と市場経済の受け入れが切り離せない点に言及しないのは言うまでもないが)。今回の分析結果は、そうした戦略が近代化による解放的な価値観の台頭を大幅にペースダウンさせることを示している。

それでも認知動員の解放的な効果は顕著で、それに抵抗する力を上回っている。中国では解放的な価値観の支持率は最も教育水準の低い層で33%、大卒者では55%だ。近代化をめぐる権威主義的な筋書きは解放的な価値観の台頭を減速させることはできても止めることはできない。ドイツのナチズム、イタリアのファシズム、日本の軍国主義、旧ソ連の共産主義も、その信条の勝利を確信していながら、21世紀まで生き延びることはなかった。中国やロシアなどの独裁者が奨励する個人・体制崇拝にしても時間の問題だろう。

過去120年のグローバルな民主化傾向は、近代化が一般市民の知識や情報収集力や意識を着実に向上させてきたことを反映している。解放的な価値観への傾倒が強まり、大衆は自由を求めたり擁護できるようになった。この画期的な流れは拡大し加速しており、最近報じられるミャンマー、香港、ベラルーシなどの情勢にもかかわらず、長い目で見れば状況は民主主義に有利に傾いている。

現在は成熟した民主主義でさえ荒波の中を進み、行く手には力ずくで妨害しようと独裁者が待ち構えているのは確かだ。だが一時的な試練で民主主義の長期的な台頭は止まりそうにない。視野を広げれば過去数十年の出来事はこの楽観的な見方を裏付けている。真の民主主義者はこれに慢心するのではなく、絶望には程遠いからこそ、逆に民主主義の大義のために一層奮闘すべきだ。

From Foreign Policy Magazine

ニューズウィーク日本版 独占取材カンボジア国際詐欺
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年4月29日号(4月22日発売)は「独占取材 カンボジア国際詐欺」特集。タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

新教皇選出のコンクラーベ、5月7日開始 バチカン発

ワールド

プーチン大統領、対独戦勝80年で5月8-10日の停

ビジネス

独メルク、米バイオのスプリングワークス買収 39億

ワールド

直接交渉の意向はウクライナが示すべき、ロシア報道官
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドローン攻撃」、逃げ惑う従業員たち...映像公開
  • 4
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 7
    体を治癒させる「カーニボア(肉食)ダイエット」と…
  • 8
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 6
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 7
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 8
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 4
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 7
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 8
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 9
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 10
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中