最新記事

中国

日米首脳会談・共同声明の「からくり」──中国は本当に「激怒」したのか?

2021年4月20日(火)21時27分
遠藤誉(中国問題グローバル研究所所長)

もちろん、質問を受けたからには、ここで抗議表明をしなければならないだろう。それなりに激しい対日批判をしているが、それ以上の域を出ていない。中共中央や中国政府が「抗議声明」的に自ら積極的に発信するということをしていないのである。

中国の思惑通りに動いている菅総理の対中批判――「台湾海峡」と「両岸」という言葉

なぜこのようなことが起きているかというと、菅総理がバイデン大統領と会った時に表明した対中批判が、中国の「許容の範囲内」だったからだ。日本政府は中国と水面下で打ち合わせをしながら日米首脳会談を行ったものと推測される。

むしろ中国の「思惑通りに動いた」としか思われない言葉の選択が見て取れる。

その証拠に菅総理が言ったところの「台湾海峡の平和と安定」という言葉は、中国が長年にわたって使ってきた常套句で、同じ言葉を使わせたものと解釈するしかないからである。

たとえば2005年に全人代で制定された「反国家分裂法」(中国語では「反分裂国家法」)に関する説明には「制定《反分裂国家法》是為了維護台湾海峡的和平与稳定」(反国家分裂法を制定するのは台湾海峡の平和と安定を守るためだ)という説明がある。

そもそも<「反国家分裂法」そのものの第一条/a>にさえ、「維護台湾海峡地区和平稳定」(台湾海峡地区の平和と安定を守る)という文言があるのである。

「台湾」ではなく、「台湾海峡」という言葉を使って濁したところも見落としてはならない。何と言っても「台湾海峡」には「公海」の海域もあるので、いかようにも弁解できる。

その「台湾海峡の平和と安定を守る」のは「中国の理念」なので、その「コピペ」を菅総理が主張するのなら「大いに結構」というわけだ。

加えて菅総理が言うところの「両岸問題の平和的解決」はまさに中国で1988年に成立した「中国和平統一促進会」の主張そのものなのだから、中国として文句はあるまい。

むしろ日本では「両岸問題」などという言葉を使うことはあまりなく、これは一種の「中国語」であることに、お気づきだろうか?

中国では「中台問題」と表現すると「中国と台湾」という「国」があるようになるので、さんざん考えた挙句、「両岸」と表現することにした。私はその経緯を、まだ中国にいた頃に経験しているので、印象深く「両岸」という言葉を捕えている。

「中台関係」ではなく「両岸関係」とすれば、北京政府とすれば全世界の華人華僑にも呼び掛けられるとして創り上げた「専門用語」なのである。私はかつて、それを確認するためにサンフランシスコの華人華僑団体を長時間かけて取材したので、その実態を実感している。

日本のメディアでは「台湾を明記して中国を強くけん制」などという言葉が躍っているが、偽善も良いところだ。少しも「中国を強くけん制」などしていない。

「台湾」と単独で二文字を使わず、「台湾海峡」としたことに、どれだけ大きな意味があったかを、少なからぬ日本人は知らないだろうし、「台湾海峡の平和と安定」および「両岸問題の平和的解決」が中国政府のスローガンであることを理解すれば、日米首脳会談の共同声明が何を意味しているかが初めて明確になるはずだ。

ウイグル問題に関しても日本政府は「制裁をしない」ことを明らかにしたのと等しいのだから、中国が激怒するはずがないだろう。中国の抗議はポーズであり、日本の対中批判もポーズでしかない。

なお、中国が台湾を武力攻撃するか否か等、他の多くの問題に関しては、体力的なゆとりがあれば、続けて考察を発表していきたい。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

この筆者の記事一覧はこちら

51-Acj5FPaL.jpg[執筆者]遠藤 誉
中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史  習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社、3月22日出版)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』、『激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓』、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』,『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

20250408issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年4月8日号(4月1日発売)は「引きこもるアメリカ」特集。トランプ外交で見捨てられた欧州。プーチンの全面攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米プリンストン大への政府助成金停止、反ユダヤ主義調

ワールド

イスラエルがガザ軍事作戦を大幅に拡大、広範囲制圧へ

ワールド

中国軍、東シナ海で実弾射撃訓練 台湾周辺の演習エス

ワールド

今年のドイツ成長率予想0.2%に下方修正、回復は緩
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 10
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中