国家安全法の水面下で聞いた「諦めない」香港人たちの本音
They Never Give Up
BNOパスポートとは、香港返還前の1997年6月30日までに香港で生まれた人にイギリスが発行するパスポート。イギリス本国の居住権は含まれないが、香港返還後の今もそれを持って海外に出れば、イギリスはその身分を保障してくれる。
HとSはどちらも中国生まれで、幼いときに香港に移り住み、香港で育った。だから彼らにはBNOの資格はない。それでもニュースに対して憤まんやる方ないとでもいうように毒づいていた。
香港生まれのGは、「一応」BNOパスポートは持っていたという。「でも更新していない。まさか役に立つことになるとは思ってもいなかったな」
Gは今のところ移民ビザを申請する予定はないという。「俺にはまだここでやることがあるからな」
やること?......Gはふふん、と鼻を鳴らして言った。「『理大囲城』って映画が賞を取ったの、知ってるか?」
それはほんの1週間前にニュースで流れていた。『理大囲城』は2019年11月に16日間、警察に包囲された香港理工大学に閉じ込められた活動家たちの様子を捉えたドキュメンタリー作品だという。
この包囲戦は、抗議運動における最後の大型の衝突だった。大学キャンパスに閉じ込められたのは活動家だけでなく、偶然そこに居合わせた市民も含まれ、突然の出来事に家族らは半狂乱になった。
その後、学内の電気や水道が止められ、食べ物もなくなる一方で、周囲では警察の強硬策に対する抗議活動、暗闇に紛れた救出作戦、さらには社会の名士による警察や活動家らへの説得活動が行われ、日々市民の話題の中心になった。
Gによると、この作品はそれまで商業的な公開上映はされておらず、市内のアートセンターで5回上映されたのみ。つまり話題性こそあれど、観客動員数もまだまだの映画を、香港の映画評論家たちの組織「香港電影評論学会」があえて昨年度の最優秀作品に選んだのである。
国家安全法施行後になって、警察と対峙した事件を活動家の目線で描いたドキュメンタリーにスポットライトを当てたことに社会は驚いていた。Gはその選考メンバーの1人だった。
「選考は侃々諤々(かんかんがくがく)だったよ。電影評論学会は政府の芸術発展局から運営費支援を受けている。この映画を選べば、来年からの支援がストップする可能性だってある。......でも、俺たちは思ったんだ。もし学会存続を優先してこの作品の受賞を見送れば、死ぬまで後悔するだろうってね」
Gはちょっと目を潤ませつつ、「まぁ『学会』はつぶれても、翌日また『協会』をつくり直せばいいだけだしな」と誇らしげにつぶやいた。
HとSがそんな彼に、満足そうな顔を向けて親指を挙げてみせた。デモが今どんな状態なのかをここで持ち出しても仕方がない。それでも忘れちゃいけないぜという表情が3人の顔に浮かんでいた。