最新記事

シリア

アサド政権が越えてはならない「一線」を越えた日

THE ARROW’S PATH

2021年3月18日(木)18時00分
ジョビー・ウォリック(ジャーナリスト)

さらに不吉なのは、負傷者の映像だった。おそらく7、8歳ぐらいの少年が腕を振り回し、激しくけいれんしていた。まるで見えない敵を撃退しようとするかのように......。

だがセルストロムは神経ガスの生理学的影響の専門家だ。何が起きたか、よく分かっていた。

3日前、20人の国連調査団はシリア内戦で化学兵器が使われた疑惑を調査するため、首都に入ったばかりだった。セルストロムはバシャル・アサド大統領の政府に対し、被害を受けた村への訪問と調査の許可を求めたが、シリア側は拒否。3日間の交渉は行き詰まり、セルストロムは任務を果たすことは不可能だと判断してベッドに入った。

そして今、何者かがホテル近くの首都郊外に大規模な化学兵器による攻撃を開始した。その後に判明したところでは、死者は少なくとも1400人。その中には子供も400人以上含まれていた。この惨劇が、国連調査団の滞在中に起きたのだ。

銃撃されても調査を続行

ニューヨークの国連本部は、セルストロムに発言を控えるよう指示した。ダマスカス郊外での恐るべき犯罪の正確な実態はまだつかめておらず、当局者は事実確認と対応を検討するための時間を必要としていた。

だが、セルストロムは自分を抑えられなかった。恐ろしいことが起きた。何かしなければ......。彼はホテルのロビーに待機していた報道カメラの前に歩み寄り、こうアピールした――世界中の政府は今すぐ国連に調査を要求すべきであり、事務総長に書簡か電話で働き掛けてほしい。

一方、ワシントンではオバマ政権が別の圧力をかけ始めていた。オバマ大統領と政権スタッフは数日以内にシリアへの軍事攻撃を行う準備を命じていたが、国連調査団の存在が気になっていた。もし攻撃を実行すれば、調査団に死傷者が出かねない。人間の盾にされる恐れもあった。

オバマは潘基文(バン・キムン)国連事務総長(当時)に対し、すぐに調査団を引き揚げるよう非公式に要請。新たに任命したサマンサ・パワー国連大使にも同じメッセージを伝えさせた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

貿易分断で世界成長抑制とインフレ高進の恐れ=シュナ

ビジネス

テスラの中国生産車、3月販売は前年比11.5%減 

ビジネス

訂正(発表者側の申し出)-ユニクロ、3月国内既存店

ワールド

ロシア、石油輸出施設の操業制限 ウクライナの攻撃で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中