最新記事

ルポ新型コロナ 医療非崩壊

カギは「災害医療」 今、日本がコロナ医療体制を変える最後のチャンス

THE GOOD “MAKESHIFTS”

2021年3月17日(水)17時50分
石戸 諭(ノンフィクションライター)

magSR210316_medical13.jpg

山本尚範は政府に医療供給体制の専門家がいないと述べる NEWSWEEK JAPAN

「確かに専門医で固められるなら質は高いので通常時はそれでいい。ですが、今は治療を望む患者が増えている時期です。80点でも救える命の数を増やす医療が必要です。この病気は専門医しか治療ができないものとは思いません。私たちのチームには外から見ればICUから縁遠いと思われている眼科医も精神科医も加わってくれましたが、問題なく機能しています。質の維持を第一目標に据えれば、チーム全体が過労で倒れ、それこそ医療崩壊が進むだけです」

人工呼吸器の装着に慣れているのは場数を踏んでいる専門医であり、専門的なスキルが求められる場面はある。だが、指示があれば多くの医師ができる仕事も現場にはあるのも事実だ。サポートによって、専門医も楽になり、より多くの新型コロナ患者を受け入れる体制が整う。内科ICUから外科ICUへの患者受け入れが比較的スムーズに実現した背景にあるのも、外科から応援医師が入っていたという「経験」だ。

日本の人口1000人当たりの病床数は13床と世界有数である。ICU病床やそれに準じるHCU(高度治療室)も含めたかなり広い換算で10万人当たり13.5床で、アメリカの34.7床に比べれば低いが、イギリス(8.9床)など他の先進国と比べれば極端に少ないわけではない。

だが、日本の場合は特に病床当たりの看護師数が不足している。ICUにしても諸外国では患者1人に対して看護師が1人、1対1看護が基本だが、日本では2対1がスタンダードで、平時から余裕がない医療が続いていた。適切な手だてが打てなければ、第3波で直面したように搬送拒否、あるいはコロナ患者が自宅で亡くなるというケースは防げない。

日本の医療に必要なのは本質的な意味での「トリアージ」だ、と山本は主張する。彼は「トリアージ」という言葉を「命の選別」と言い換えるのは間違いだという。

「疾患にかかわらず、救える命を救うことを最優先に据えることがトリアージの本質です。現状の体制は明らかに機能不全を起こしています。あえて強い言い方をしますが、このくらいの患者数で、救急搬送困難というのはあってはならない。日本の状況で、医療崩壊が起きているのならばそれはシステムがおかしいのです。必要なのは地域の実情に合わせて、医療供給体制整備の指揮命令系統を整えること。これは高度なオペレーションでまさに専門領域です。政府の新型コロナ分科会には感染症疫学や公衆衛生の専門家はいますが、医療供給体制整備を指揮できる専門家は不在のままです。政府や行政は現実離れした病床確保計画を打ち出す前に、指揮命令系統を整える必要があります」

山本が現場から見据えるのは、旭中央の中村と同じく、病院ごとの役割を明確にした地域医療体制の構築だ。重症者は人的資源、設備が整う大学病院や大病院が受け入れる。コロナを診察しないという病院は、別の疾患を受け入れてもらう。中等症や感染性が低くなった回復期の患者を受け入れる病院には、経済的な支援だけでなく、大学病院などの専門家が知見を出し、いざとなれば、人的支援もすると約束をする──。地域全体を一つのネットワークによって「総合病院」として捉える発想である。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

欧州経済、今後数カ月で鈍化へ 貿易への脅威も増大=

ビジネス

VWブルーメCEO、労使交渉で危機感訴え 労働者側

ワールド

プーチン氏、外貨準備の必要性を疑問視 ビットコイン

ワールド

トランプ氏、人質担当特使にボーラー氏起用 中東交渉
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
2024年12月10日号(12/ 3発売)

地域から地球を救う11のチャレンジと、JO1のメンバーが語る「環境のためできること」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康体の40代男性が突然「心筋梗塞」に...マラソンや筋トレなどハードトレーニングをする人が「陥るワナ」とは
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    【クイズ】核戦争が起きたときに世界で1番「飢えない国」はどこ?
  • 4
    韓国ユン大統領、突然の戒厳令発表 国会が解除要求…
  • 5
    NewJeansの契約解除はミン・ヒジンの指示? 投資説な…
  • 6
    BMI改善も可能? リンゴ酢の潜在力を示す研究結果
  • 7
    肌を若く保つコツはありますか?...和田秀樹医師に聞…
  • 8
    混乱続く兵庫県知事選、結局SNSが「真実」を映したの…
  • 9
    ついに刑事告発された、斎藤知事のPR会社は「クロ」…
  • 10
    JO1が表紙を飾る『ニューズウィーク日本版12月10日号…
  • 1
    BMI改善も可能? リンゴ酢の潜在力を示す研究結果
  • 2
    エリザベス女王はメーガン妃を本当はどう思っていたのか?
  • 3
    健康体の40代男性が突然「心筋梗塞」に...マラソンや筋トレなどハードトレーニングをする人が「陥るワナ」とは
  • 4
    ウクライナ前線での試験運用にも成功、戦争を変える…
  • 5
    メーガン妃の支持率がさらに低下...「イギリス王室で…
  • 6
    NewJeansの契約解除はミン・ヒジンの指示? 投資説な…
  • 7
    「時間制限食(TRE)」で脂肪はラクに落ちる...血糖…
  • 8
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 9
    エスカレートする核トーク、米主要都市に落ちた場合…
  • 10
    バルト海の海底ケーブルは海底に下ろした錨を引きず…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 10
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中