カギは「災害医療」 今、日本がコロナ医療体制を変える最後のチャンス
THE GOOD “MAKESHIFTS”
みとりと緩和治療の関係は、ジャパンハートの宮田も頭を悩ませていた。彼女が支援に入った施設でも患者と家族が積極的治療を望まないケースは当然ながらある。では、どこまでが積極的治療なのか。痛みを取るための緩和治療も積極的治療と見なすこともできれば、最期を穏やかに迎えるための必要なケアと捉えることもできるはずだ。前者の判断が通る現場に立ち会うたびに、彼女はどこかで基準が示される必要があるのではないかと思ってしまうのだ。それは患者の尊厳のために、である。
望む治療が受けられない、望まない治療を受けてしまう。これは双方にとって不幸なことだ。「最前線」では、「尊厳」と「最良」の医療をめぐって思考が続いている。
■Case4:「災害医療」の知見
2020年冬から始まった第3波で、名古屋大学医学部附属病院中央診療棟A6階にある内科系ICU全15床は全て新型コロナ患者で埋まってしまった。ここは名古屋市で最も多く重症患者を受け入れてきた病院である。最初期、新型コロナ患者専用ICUは1床だった。今、本来なら内科系ICUで治療を受けるはずだった患者は、中央診療棟B4階にある外科系ICUが受け入れている。この事実に着目すれば、「通常」の医療体制は完全に崩壊している。そしてICUが空いても、すぐに重症患者で埋まってしまう。
人工呼吸器や、体外式膜型人工肺のECMOの装着時には10人前後のスタッフが集まるが、多くの場合、装着時間は30分にも満たない。装着後から始まるICUの標準的な治療はざっと次のようなものだ。
装着後は血圧、脈拍、心拍数、呼吸回数、血中酸素濃度、体温などの24時間モニタリング、点滴や気管チューブといった人工物の刺入部に異変がないかの確認、床ずれが起きないように2時間に1回は寝返りを打たせる。最も重労働なのが12時間に1回はうつぶせの患者はあおむけに、あおむけに寝ている患者はうつぶせにと交互に体の向きを変える作業だ。名古屋大病院では全員が防護服を着て、医師はチューブなどが取れないか確認のため付き添い、看護師4〜6人がかりで向きを変える。
同病院の集中治療専門医、山本尚範は「それでも勤務体制を維持し、休みも取れている」と語る。なぜ現場の疲弊を最小限に抑えることができているのか。その理由は山本らが、災害医療の発想を取り入れたことにある。コロナ禍を長期的な災害として捉えるのならば、通常の医療体制を維持するのは、まず不可能だ。
災害医療とは医療需要が、供給を上回る状態を意味する。今回は新型コロナという新しい需要が生まれたことで、通常時の体制は逼迫した。ここで取れる方策は2つある。1つは需要そのものを抑え込むことだ。感染拡大を防ぐための方策で、人と人との接触を避けるとか、クラスターを早期に発見するなどが該当する。緊急事態宣言はその最たるものだ。
もう1つは限られた医療資源をより効率的に配分すること。山本らの取り組みがそれだ。
地域全体を「総合病院」化
通常時の山本たちのチームは約10人だが、病院の協力も得て他科の医師たちが応援に入る体制をつくり、専門外も含めて医師の数は常時2倍に増えている。山本たち専門医の下に応援の医師がサポートに入るシステム、これは災害医療で二層式モデルと呼ばれるものの院内版だ。通常時のように専門医だけでチームを固めるのではなく、治療のキャパシティーを拡充するために、専門医+他科の医師でチームを再編成し、緊急時の治療に移行する。付いて回る批判は、「医療の質の低下」だが......。